第2話 侍女悪魔メリィ

 私、宵宮愛歌よみやあいかは。


 今日、嫁ぐ。


 ヴァケット城主、魔王さまに。


「改めて。俺はゴート・バフォメルト。慣習的に魔王とは呼ばれているが、実際はいち領主に過ぎん。……今日からこの城はお前の家だ。好きに過ごすと良い。世話役を付けよう」

「えへ?」

「む?」

「あっ。いえ……」


 そう言うと、彼は立ち上がった。高い。190はあるんじゃないだろうか。着崩した着物から、引き締まった筋肉……分厚い胸筋と、はっきりと割れた腹筋が見える。

 正直一生見ていられる。私は慌てて、無意識に垂らしていた涎を啜り上げる。


「少し出る。悪いが、戻るのは朝になる。それから語りたいのだが、良いか?」

「へっ。あっ。……はい。大丈夫、です」

「悪いな」


 ポン。


 彼に頭を撫でられたと分かったのは、彼が退室してからだった。

 全く見えなかった。足音も無かった。私達はテーブルを挟んでいた筈なのに。


 カッコよ!


「失礼いたします……」

「わっ」


 余韻に浸りつつ、部屋にひとり残された……と思ったのも束の間。音もなく襖が開けられて、女性の声が入ってきた。


「わたくし……魔王さまより魔妃まきさきさまの世話役を仰せつかっております……侍女悪魔のメリィでございます……」

「あっ。……はい。よろしくお願い、します。メリィさん」


 侍女悪魔。

 給仕服を着ている。赤紫色の髪はウェーブが掛かっている。そしてやはり、ふたつの巻き角が生えている。

 灰色の肌。

 に、金色の瞳孔。アーモンド型のツリ目。真面目そうにきゅっと締まった唇から、小さな牙。


「魔妃さま。侍女悪魔わたくしに敬語は必要ありません……」

「えっ。……っと。はい。あっ。いや……うん」

「…………」


 じっと、見られる。私にとって彼ら魔族の容姿を風変わりと思うことと同じく、彼らにとっても私という人間の容姿は奇妙なのかもしれない。大きな瞳だ。黒曜石みたい。


「ではまず、魔妃さまのご使用いただくお部屋をご案内いたします……。もう既に、日の下から事前にお送りいただいた魔妃さまの荷物も届いて保管しております……。こちらへ……」

「う、うん」


 少し、予定が狂っているのかもしれない。肝心の魔王さまが、私を置いて外出したからだ。それほどの急用なのだろうと思うけど、私としては少し不安だ。






★★★






 長い廊下を歩く。さっきの部屋は畳だった。現代の麗華国リーファでは畳の部屋はもう古い戸建てくらいにしかない。和風とはいえ、私からしても畳は少し珍しい。


 道中、様々な魔族とすれ違った。尻尾のある人、翼のある人。髪の色や肌の色も様々だった。けれど、ある程度系統や民族のようなものはあるらしく、例えば魔王さまとこのメリィは同じ種族なんだろうと思う。

 皆、私を見てすぐに道を開けてくれて、私が通り過ぎるまで頭を下げていた。

 なんだか申し訳なくて、慣れない。全部、初めてで。


「こちらでございます……」


 辿り着いたのは、やっぱり畳の部屋。広い。20帖くらいある。だけど、ちゃぶ台と座布団以外は特に何も無い空っぽの部屋だった。そこに、私が実家から送って貰った段ボール箱がいくつか置かれている。

 自分が知っている物を見ると、少し安心する。


「…………」

「…………」


 時間が停まった。静寂。私もだけどこのメリィも、よく話すタイプではないのだろう。私も、世話役なんか実家でも無かったから、どうすれば良いか分からない。


「あの、魔妃さま」

「えっ?」

「魔妃さまは、魔界は初めてでございますね……?」

「うん。そうだよ」


 耐えかねて、メリィが口を開いてくれた。


「本来ならば魔王さまご本人から、今回の『交換見合い』についてご説明があるところなのですが、予定が変更となっております……」

「……うん。そう、みたいだね」

「よろしければ、わたくしの口から、魔王さまがお戻りになるまでの繋ぎとして、概要だけでもご説明いたしましょうか」

「! お願いします!」


 ありがたい申し出だった。

 私は今日、麗華国から魔界に繋がる門を通って、友好国の都から駕籠でここまで運んできて貰っただけなのだ。何も知らない。誰も知らない。魔界のこと。魔族のこと。ここに居る人達のこと。

 自分の旦那さまのことも、知らないのだ。


 低音イケボで高身長でムキムキでクールでカッコ良いこと以外。

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