人間の破魔嫁さま

弓チョコ

第1話 魔王と魔妃

 火の月の半ば。


 太陽のような月光が魔界を照らす夏。

 眩しいくらい輝く暑さの中、私を魔界藁の駕籠かごで運んでくれている人達は本当にご苦労さまだ。同時に、私は重いと思われてはいないだろうか。そんなことを気にする。


 気にする余裕があるのだ。今日、一度も会ったことのないヒトに、嫁ぐというのに。

 それはきっと、今自分の身に起きている出来事に、現実味を感じていないからだと思う。


魔妃まきさきさま」


 駕籠が停まった。並走していた案内人が私を呼ぶ。


 魔妃。変な呼び名だ。私の本名じゃない。

 ここは魔界。


「魔妃さま、ご覧ください。これから魔妃さまがお過ごしになるヴァケット城でございます」


 駕籠の窓から顔を出す。暑い。いや、熱い。火に炙られたかと思うほどの日差しに目を細める。気温は恐らく、40度以上。

 外に立つ案内人は、鮮魚のような青く光沢のある肌の男性だ。縦長の顔で、口は耳まで裂けている。そこからギザギザの牙が綺麗に並んでいる。

 黒く塗り潰された目の中に、黄色の星。

 鼻はナイフのように尖っている。

 そんな顔が覗いている、3メートルの黒い岩のようなローブ。


 明らかに人間ではない。


「……そう、ですか」


 その案内人が手で差したヴァケット城を見る。

 大きい。建築様式は和風に近い。三角柱を横にした屋根には紫色の瓦が並べられてある。壁は白色。石垣が積まれている。ここはまだ堀の外側らしい。これから正門を潜るようだ。

 妖怪の棲まう城。それが第一印象だ。


「おいペシャワーズ。人間は火の月の光を浴び続けると体調を崩す。顔を出させるな」

「これはこれは。失礼いたしました。ささ、魔妃さま、もうしばらく駕籠の中でお待ちくださいますよう」


 言われて、首を引っ込める。

 今日から私は、この城に幽閉される。


 魔妃として、魔王に飼われることとなる。






★★★






 私は『麗華国リーファ』の一般家庭に生まれた。

 5歳から初等学校に通い、10年間世界の事を学んで。

 その後10年間、地元で働きながら週末にお見合いをする生活をしていた。

 勿論、私を娶りたいという男性は現れなかった。


 「目付きが悪い。子供に遺伝したらと思うと」

 「顔が怖い。女性とは思えない」

 「乳が貧しい女は、母親としての能力が低いのだ」


 決まって、相手にそう言われてきた。


 もう、になる。焦った私の親が次に連れてきた縁談で、相手の男性が魔族であることを知った。


 私達の住む太陽の下の世界――『日の下ヒノモト』。

 そことは異なる秩序の世界――すなわち魔界。


 ふたつの世界はこれまで歴史的に表舞台では関わりが無く、あることを切っ掛けに100年ほど前から通交が始まった。


 相手の魔族が利用したのは『交換見合い』という制度だ。麗華国と友好関係のある魔界の国の貴族さまが、人間の嫁を取る時に利用する。

 私の親は、勝手に私をそれに登録していた。


 今、魔界では『人間の嫁』が流行りだと言う。私もそれで、ある魔族さまに見初められたという訳だ。






★★★






 城に着いた私は、そのまま真っすぐ城主の元へと連れて行かれた。


 薄い紫色の煙が漂っている。広い空間だ。襖の先に、彼が居た。

 畳の上に座椅子を置いて。高級そうな木製のテーブルを挟んで。


 血が乾いて黒く固まったようなくすんだ朱色の髪。そこから覗く、ふたつの大きな、ヤギのように捻れた黒い角。

 モノクロ映画のように灰色の肌。

 ギョロリと大きく獣のように瞳孔が縦に入った金色の瞳。


 ありえないほど造形の整った、顔のパーツ。吊り上がった口角からちらりと見える、牙。


 カッ。


 カッコ良すぎる…………!


「魔王さま。魔妃さまをお連れいたしました」


 案内人ペシャワーズの声で、こちらに気付いて目が合った。彼は着物――浴衣を着崩している。胸元が。ああ。


「分かった。下がってくれペシャワーズ。日の下は大変だったろう。後で褒美を届けさせる」

「はっ。失礼いたします」


 ペシャワーズとの会話中、ずっと私と目を合わせていた。いや、そう見えるだけなのか、角度の問題か。とにかく、視線は切れない。見入ってしまう。その金色に。


「…………はっ」


 あっ。

 本当に見惚れてしまっていた。我に返った私は慌てて腰を降ろして三つ指を着いた。

 『そのようにせよ』と、麗華国の担当役人から言われていたことだった。


「まっ。魔王、さま」

「緊張しているな。慣れないことはしなくて良い。脚を崩して、顔を上げて。お前の顔を見せてくれ」


 魔王さまの低い声は。

 耳から、頭に響く。心地好く、柔らかに駆け抜ける。魔法か何かかと思うほど、強制的に安心させられる気がするのだ。

 そんな声を掛けられて、つい顔を上げて。


 もう一度視線が交わった瞬間に。


愛歌あいか

「っ!」


 名前を呼ばれて。

 顔が溶けた気がした。


 エヘ。

 エヘヘヘヘヘヘ。

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