ストレージ・ワン
─1─
───あぁ。視界がぼやけていく。
全く歯が立たない。奴は一歩もあの場から動いていないというのに、俺は周囲を縦横無尽に動き回って、隙をついては攻撃を繰り返して───
なるほど、正攻法じゃ勝ち目は無いか。だがそれもある程度覚悟していた事だ。奴はまだ、きっと実力のほとんどを発揮していないのだろう。
───分かっていたことだ。だから俺達は準備をしてきたのだから。
(あぁケイト…確かに使うのはあの時じゃなかったな…。俺の判断が間違ってた…。でも…。)
(お前から貰った奥の手は、きっと今使うべきだ、三度目の正直って言うだろ。今度はタイミング間違えねぇぞ。)
────────────────────
───決戦前夜の日。王都サンダリア、ショウマの部屋にて。
ケイトはルビー色に輝く綺麗な宝石のペンダントを俺に渡し、その経緯を俺に説明してくれた。
「ストレザナイトって言うの。ジュードと話して決めたんだ。明日、もし私達がそばにいられなくなったり、あなたが困ったりしたら、これに頼って。」
俺は宝石を眺めながらその美しさに見惚れ、つまんだそれを明かりに透かしては色んな角度から眺めて見た。
「これに…何か秘密があんの?」
ケイトはその宝石の使い道を示した。
「えぇ。ここにはジュードの魔力が込められてる。」
「昨日ね、ジュードの所に行って相談したの。体の調子が気になったのもあったんだけど、彼の魔力量が尋常じゃない事を知って、一つ思いついた事があったから。」
ケイトは俺の方から視線を移し、少し天を見上げて続けた。
「このストレザナイトって宝石はね、魔力を溜め込む性質があるのよ。私達魔法使いはこういう類の物を魔力のストックとして持ってたりするんだけど、これはその中でも別格の代物よ。」
「だから、彼の膨大な魔力をここに貯蔵して、あなたの持つ心の力って奴で私達の魔法を再現出来たなら───」
────────────────────
そう。ケイトは俺にある可能性を信じてこれを託してくれた。確証は無いが、今の俺なら実現可能性はそれなりにあるはずだ。
───彼女が信じた可能性。それは、魔力管を持たない俺が魔法を行使する可能性だ。
俺は消えゆく意識の中、可能な限り鮮明にイメージした。まずはこの体を何とかしなければならない。
腰のポーチに入れていた宝石が、鮮やかな赤色を発光させる。まるで俺のイメージした生成物に反応するように。
倒れた俺の体の下で、紫色に光る魔法陣が出現する。ジュードの魔法なんてもう何年も、何回も見ているのだ。今の俺なら容易に再現出来るはず。
「ブラスト…ヒール…。」
呟くようにして唱えた魔法が、魔法陣と反応し合って俺の体を光で包み込んでいく。みるみるうちに傷が癒えていき、やがて貫かれた心臓さえも元に戻していった。
───禍津の顔が、明らかな驚きの感情を滲ませている。
「面白い…それがお前の戦い方か…。」
ゆっくりと立ち上がり、禍津を見る。
「悪ぃな、つまんなくて退屈な余興で。」
拳を握りしめ、全快した体の力を漲らせる。
「いくぜ、屁理屈野郎。ここからがファイナルゲームだ。」
─2─
「魔法など…笑わせる…。本物を持っているというのに、わざわざ紛い物の力に頼るというのか…これ以上失望させてくれるなよ、菅生将真…。」
「そう思うなら試してみるか?」
俺は再度足元に魔法陣を再現した。やり方は簡単だ。皆が使っている魔法の完成系、それをイメージするだけでいい。それが出来ればあとは魔力が魔法陣を作り出し、勝手にそれを再現してくれる。本来の魔法とは、恐らく作り方の工程が逆なのだろうが。
「ふふふははは……いいだろう…貴様の戯言に付き合ってやる!やれ、私はあえてそれを受けるぞ。いくらでも気が済むまでやってみればいい…。」
あいつの言葉なんて気にするな、俺は俺の信じた事をやるだけだ。
───左手を高く掲げる。
「魔を滅する焔の意志よ…我が弓に宿りて…あらゆる災禍を灰燼に帰せ…。」
俺の手に、ルイーザのものとほぼ同じ弓が再現される。矢を引き絞り、上空へ放つようにして矢の先を天に向ける。
その矢の先に現れたのは太陽。高温は辺りの雪を溶かしていき、周囲に熱風が吹き荒れる。
「ブレイジング・サン!」
太陽の込められた矢を上空へ射出すると、その球体は一気に巨大化し、禍津の方向へ炎の雨を降らせていく───
禍津は右腕を盾にしそれに耐えた。
「ぬ……ぬぉぉぉぉ………。」
体を焼却する矢のスコールを全身に浴び、禍津の顔が初めて引き攣っている。
炎の矢を射出する度に太陽が少しずつ小さくなっていく。だがまだ終わりじゃない。それが完全に消え去る直前、俺は魔法を連鎖発動させるように次の手の準備を始めた。
───ブレイジング・サンによる連続攻撃が終わり、禍津は一度周囲を覆う焼け焦げた臭いを払うようにして右腕で宙を薙ぎ払った。
どうやら想定以上だったようだ。明らかに禍津にはダメージが入っている。
「ふ…ふふふふ…面白い…!私は少々嘲け過ぎたようだ…!やはりこうでなくては…!私の器はそうでなくてはならない!!!!」
禍津が背中の黒いモヤを右手に集中させる。やがてハッキリと形を成したそれは、日本刀のような長い剣だ。
「僅かでも私を昂らせた事は褒め称えてやろう…!菅生将真!!」
禍津が先程よりも少しだけ興奮した様子で刀を構え、こちらに突進するが、俺は彼の襲撃を許さなかった。
「───水縛陣。」
禍津を取り囲むように六角形を形作る結界が出現し、彼を閉じ込める。
右手の親指、人差し指、中指を突き立て、発動したその魔法は結界。それもただの結界では無い。
「ぬぅ…小賢しいな、このような結界で私を止められるとでも思っているのか……。」
「抜かせ。壊せるモンなら壊してみろよ。」
禍津は全力で刀に力を込めていく。闇のようなオーラが刀身を覆った後、やがて禍津をも覆い始める。
「ふん!!!!」
禍津が刀身を地面に突き立てると、地面からはモヤが作ったような黒い龍が出現し、結界の中でぐるぐると回転しながら天へ登っていく。
───グオオオオオオオオオオオオ!!!!
その音だけで周囲の木々が尽く折れていきそうな程の音圧。そんな叫びを上げながら、黒龍は天井までを覆う結界へ突進していくが、それを破壊するには至らない。
結界が攻撃に合わせて青白く発光し、糧を得た喜びの声を上げていく。
「くっ……流石の威力だな…ジュードの魔力量じゃなかったら維持できて無かったぜ…多分…!」
ジュードがストレザナイトに込めた魔力量は、自身の総魔力量の約三割だと言っていた。だがメアリーを解放し、己の大部分の容量を解放した彼にとっての三割は、数字の見かけよりずっと膨大な意味を持つ。
「因果応報だ!テメェの拳で殴られる痛みを知れ!」
───上に突き立てた三本の指を、180度回転させるようにして下に向け、叫んだ。
「反転!!!」
水流のレーザーが上空から禍津を襲う。強烈な破裂音とともに発射されたそれは黒龍をあっという間に飲み込んでいき、一瞬で禍津の元へ到達した。抗えば抗う程にその牙を研いでいく魔法。それがこのケイトの魔法だ。
「ック………ぬぅぅうううううう!!!!!」
禍津の苦しみの声が結界を超えて周囲に響き渡るが、俺は攻撃の手を止めない。ジュードが込めた魔力量はおおよそ上級魔法三発分と少し。次に放つのが最後の魔法だ。
次の攻撃で決める。倒せないのは分かっているが、せめて奴を無力化できる程度には弱らせておきたい。だからこの魔法にはありったけを込める。
俺は左手を前に突き出し、全力を込めて詠唱を始めた───
───その槍は終焉の鍵!
「させぬ…!!!」
直後、禍津が水縛陣のカウンターから脱出し、俺の元へ猛スピードで突進する。
「こちらもな!!!!」
その声の主は俺では無い。俺の後方から飛び出したのはこの魔法の本来の術者。ジュードである。
ジュードが長剣から黒い刃を射出して禍津の動きを妨害し、俺はその隙に詠唱を続けながら後方へ飛び、距離を取る。
───放つは魔人、受けるは聖人。
「空の器風情が……!!!私を圧せると思うな……!」
禍津が刀を振り下ろし、空を斬る。斬撃からは禍々しいオーラが放たれ、ジュードを襲った。
ジュードはそれを右に避け、追撃してきた禍津の刀を己の長剣で受け止める。
「その空の器の力に圧される気分はどうだ?さぞかし吐き気を催すのだろうな、見えないフリをしてきた者に追い詰められる気分は。」
「黙れ!貴様に用はない!!」
禍津は怒りと共に鍔迫り合いを制し、ジュードを思い切り吹き飛ばしてから俺の元へ向かってくる。
だが、俺は詠唱を止めない。後方に飛んで距離を取りながら、何とかその魔法を完成させる為に。
───その地を磐石たる所以とす!魔の使いはそれを敬し、神槍の到来を告げ、魔人の王はその名を呼ぶ!───
ジュードが立ち上がってニヤリと笑った。理由は単純。詠唱が終わったからだ。
俺の準備完了に合わせるように、禍津を挟んで反対方向にいるジュードは無詠唱で空中に魔法陣を発生させた。
「受けてみろ!!これが俺達の!!!」
俺の上空にもジュードと同じ紫色の魔法陣が出現した。禍津を前後両方向から睨みつけるようにして発生しているその魔法陣からゆっくりと姿を現したのは、真っ黒な槍。
ジュードと俺が同時に飛び、上空の槍を掴む。
「終わりだァ!!!!」
「終わりだ!!!!!」
「ぬぅ……!!!!!」
「「黒槍ォォォォォォォ!!!!!!」」
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