アマテラスの秘宝
「「黒槍ォォォォォォォ!!!!!!」」
俺とジュードが放った黒槍が、空気をズタズタに引き裂いていくような轟音と共に上空から禍津に突進する。
前後両方向から放たれたそれを禍津が避ける術は無い。回避する時間すら与えない神速の槍、それがこの黒槍の真価である。
二つの巨大な槍が、禍津にほぼ同時に着弾する。爆発音を中心に生身の人間なら容易に吹き飛ばす程の耐え難い強風を巻き起こし、周囲の木々は尽くバキバキと音を立てて折れていき、地面の積雪は瞬く間に吹き荒れて底を見せ始める。
魔法の発動が終わり、俺とジュードは空中から地面に降り立った。慣れた様子で軽く地面に着地するジュードの一方で───
「っく………。」
俺は着地と同時に膝をつき、深刻な息切れを起こした。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……。」
脇腹に激痛が走り、上手く呼吸ができない。だが酸素を過剰に欲しがっている肺は空気を取り込む事を止めず、痛みに耐えながら何とか呼吸をセーブしようとするが体が言う事をきかない。
そんな俺に追い打ちをかけるようにして、全身の筋肉がズタズタに引き裂かれるような痛みが走った。まるで筋繊維の一本一本が次々と切れていくような痛みだ。
「ッッッあぁッ!!あぁぁぁぁッッ!!!!」
自分の体を両手で抱き抱えるようにして、その場に蹲る。強烈な痛みで頭に強い刺激が走るような感覚だ。歯肉を突き破ろうとする程に歯を食いしばり、瞼同士が互いに潰し合おうとするほどに目を瞑った。
「ショウマ!!!!!」
辺りに静けさが漂い初めてから俺を呼ぶその声の主は、明らかにケイトだった。ルイーザに肩を借りながらここまでやってきたケイトは、俺を見るなり息を切らしながら必死でこちらへ走ってきた。
(あぁ……良かった…助かったんだ……。)
彼女の姿を見て安堵した。ジュードが魔力を分け与えたのだろう。
「禍津は…?」
ケイトが俺の肩に手をかけ、体を支えるようにしてから言った。俺はそれに口で答える事はせず、目線を先程の爆心地に向けて答えた。
(あぁ…やっぱダメか……。)
俺とジュードの視線が交わる所で、禍津はゆっくりと立ち上がっていた。
「…ふ…ふふふふ……まだだ…まだ終わらんぞ……。」
直後、禍津を中心に丁度俺達四人が入り切るくらいの大きな魔法陣のようなものが発生する。
魔法陣のように見えるそれは真っ黒な光を点滅させ、徐々に力の高まりを周囲に伝えていく。ラクサでこれを見た時もそうだったが、これは何なのだろうか。魔法陣には円の中に複数の様々な模様が描かれているが、禍津の魔法陣にはそれが無い。その代わりに何か文字のようなモノが円の中にびっしりと浮かび上がっている。
「どうした…?今ので最後なのか菅生将真…。私はまだ立っているぞ…。さぁ、早く次を撃て…でなければ…私はこれを放つぞ…貴様らに耐えられる筈のない…本当の魔法だ……。」
(クッソ……流石にもう持たねぇぞ…。)
着物の女性はまだか。俺はもうストレザナイトの魔力を使い切ったしもう立ち上がるのがやっとな状態だ。流石のジュードも
───となれば、今戦えるのは…。
「紅蓮の驟雨…!!!」
ルイーザが一手で複数の火の矢を放った。周囲の空気を栄養にしながら燃え上がっていくその火の矢は、確実にその全弾が禍津に命中している。その筈なのに───
「ほう……良い……良い火加減だ……。体の凝りが取れた気がするな……。」
禍津にはほとんどダメージが入っていない。それもそうだろう。複製とは言え上級魔法とそれに匹敵する魔法を三連続、ジュードの黒槍を含めれば四発は受けているはずなのだ。それなのに目の前のこの男は倒れること無くそこにいる。
「くっ………。」
ルイーザが上空を目掛けて弓を構える。
「魔を滅する───」
彼女の上級魔法の詠唱だ。だが、目の前の男はもう、余興に飽きてしまったのか、彼女の大技を許さなかった。
禍津が背中から黒いモヤを発生させて一本の腕を作り出し、詠唱を始めたルイーザを掴んで空中で締め付けた。
「あぁッ……!!」
ルイーザの悲痛な声に連動するように、禍津の込める力は強くなっていく。
「良い声を上げるな、女よ…つまらん余興よりよっぽど価値のある時間になりそうだ……。さぁ、もっと声を聞かせろ…。」
腕を引き寄せるようにしてルイーザを近くまで持っていき、禍津の力は更に勢いを増していく。
「ッッッ!?ッあぁぁぁぁぁあああ!!!!」
彼女の声が耳を通して心臓に突き刺さる。ダメだ、もう見ていられない。
「テメェェェェェェェ!!!!!!」
バチバチバチバチ───と普段よりも長めに左手が発光する。そうやって作り出された長剣を、俺は禍津に思い切り投げつけるが、禍津は一切ぶれる事無く右手でそれを簡単に弾き返した。
「その汚い手を…彼女から離せ…!」
次の手はジュード。憎しみの込められたような低い声と共に、ジュードの長剣が真っ黒な闇を纏う。
「黒槍…憑刃…!」
ジュードの剣から放たれた黒いオーラが刃の形を成して禍津へ飛んでいくが、禍津はそれに背を向けたまま新たに作り出した黒いモヤでそれを防ぎ、返り討ちにするようにジュードへ黒いオーラを飛ばした。
「がぁっ……!!」
ジュードが後方へ吹き飛ばされ、壁にめり込んだまま動かなくなる。あのジュードが、為す術なくやられていく姿に、俺達は絶望した。
「ここまで来ると笑いが込み上げてくるな……自分達でも分かっているのだろう…?何をしたとて無駄なのだ…だと言うのに…ふふ…先程から何をやっているのだ…?お前達は…。」
「…テメェのその態度…いい加減頭来るな…。」
俺の頭がどんどん怒りで支配されていく。
目の前で仲間が蹂躙され、吐く言葉の一つ一つにはその仲間達への侮辱がふんだんに盛り込まれている。そんなあいつに傷一つつけてやれない自分の弱さにも、同じく腹が立ってきた。
「おぉ…いいぞ、いいぞ…怒れ…お前が私に勝てるとすれば方法はそれ一つだ…。なるほど…この女でも効果がありそうだな…どれ…。」
禍津が更に強い力でルイーザを締め付けていく。じわじわと、少しずつ体を潰していくように。
「ッッッあッあぁッ!!!!ッく……!!あぁッッ!!!!」
声も上げられなくなってきているルイーザを見て、俺は激昂した。
「やめろっつってんだろォォォォォ!!!!」
───その時、バチバチと稲妻のように発光する光が、俺の全身を覆った。
俺の手だけでは無い。全身だ。
両手に同じ長剣を握り、禍津の元へ突進する。体は悲鳴を上げているが、そんな事はもはや気にならなかった。体中の痛覚の一切が遮断されているような感覚だ。
「───瞬光一閃…刹牙!」
突進しながら放った俺の一撃は神速の剣技。禍津の元へ真っ直ぐと移動しながら、俺の体が一瞬消えたようにして禍津の反対側へと突き抜けようとするが───
禍津は何も言わず、俺の体ごとそれを右手で受け止め、そのまま頭上へと投げた。
空中で体勢を立て直し、次の技を放つ。
「雷閃剣───!!!」
その技の初動を見たケイトがその愚かさに気づき、声を上げた事で俺の技にストップがかかった。
「───!?だめぇ!!ショウマぁ!!!!」
禍津の頭上から標的を一刀両断するようにして斬りかかろうとしたが、乱心しかけている俺の目に映ったルイーザの姿と、それを咎めるケイトの声に、俺の集中は拡散した。
(は……!!)
危ねぇ…!───そういう感情が俺の頭から血を引かせていき、同時に集中の糸もプツリと切ってしまった。
「ふん…お前の大事な仲間が邪魔になったな…。」
気を抜いた俺に、禍津の黒い一撃が直撃する。
「がッ!!!」
二回、三回───地面を転がった。立ち上がろうとした瞬間に俺を襲ったのは、強烈な痛み。
「ッッッあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
───痛い、痛すぎる。全身が燃えるように痛みを発している。
「つまらん…何なのだ、お前のその腑抜けた面は…。妄想も行き過ぎれば病気だな…。もう良い…。」
「器は宿す魂の力が強くなればなるほどに強靭になる。だからこそ私はお前が成長するのを待つ事にしたのだ…。だと言うのに…お前は旅を経て腑抜けたな…。まあ良い、安心するといい…お前の魂は私が喰い、器は叩き直してやろう…。」
気絶したジュード、エネルギー切れのケイト、絶えず苦しめられ続けるルイーザ、体の痛みで動けない俺───
───終わりだ。もう、どうしようも無い。
───彼を弱くなったと思うのなら、それは貴様の心が貧相なのだろうな、禍津神…いや、それに取り憑いた悪霊よ───
ずっとずっと、待ち続けた声が聞こえた。
俺達の頭上に見えるのは、黄金に光り輝く粒子の集合体。やがてそれはヒトの形を成して行き、ずっと待っていた人物の姿を形作っていく。
「すまない、待たせたな、ショウマとその仲間達よ。」
「ほん…と…おっそいって……。」
安堵で力が抜けていく俺の表情が綻んだ気がした。でもきっと、それは俺だけじゃない。
白い着物に、襟や帯揚げの部分に走る赤いライン。真っ黒でサラサラと、真っ直ぐに腰まで伸びている長い髪は、日本人特有の美しさを限界まで引き上げたような神秘を感じる。
───その姿を見た時、今までの彼女がいかにおぼろげな状態だったのかを理解した。今の彼女の姿は、そう。まるで神様のようだと思った。
「君達に巡ってもらった記憶の結晶を回収していてな。あれには私の神力を割いていたから、ここに来る為には必要だったのだ。」
女性の姿を見た禍津は不敵な笑みを浮かべている。
「来たか…乃木静子…。」
乃木静子と呼ばれたその着物の女性が黄金に輝く光を俺達全員に纏わせていき、俺達の体の痛みが少しずつ和らいでいく。
その光がルイーザを包み始めたその時、禍津が彼女を掴む黒いモヤの腕を咄嗟に引き上げていった。
「ぬぅ!!?」
「クソ!!離しやがれってんだ!!」
ルイーザは仕返しをするように禍津へ炎の矢を放って距離を取る。
「将真よ、封印は任せるのだ。その準備の間だけで良い、君の力であやつを止めてくれ。大丈夫。君達と、君の力ならば、あやつを止められる。」
その言葉に、俺は自信を持って返せなかった。あまりにもハッキリとした実力差を見せつけられた後では、そうもなるだろう。
「で、でも…実力が違いすぎる…俺らじゃあいつは…。」
静子は穏やかに、安心させるように俺を諭した。
「その力の本質は見たものを再現する事では、決して無い。君はもう、気がついているのではないか?」
静子のその言葉は俺の中の心のスイッチを入れたような感覚を覚えさせた。三人の魔法を再現した時に感じたのだ。俺はこの力を誤解していたのではないかと。
「その力は…ヒトの進化の可能性だよ。」
「君の感じているその違和感───それこそが、かつてアマテラスの秘宝と呼ばれたその力の真価だ。」
「アマテラスの───秘宝。」
ゆっくりと立ち上がり、禍津を見る。
「わかった…。やってみる。皆───
最後にもう一度だけ…力貸してくれ…!!」
彼女の存在と言葉に背中を支えられながら、俺達四人は再び立ち上がる。
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