またね。

 ─1─


「ふふふ………ふふふふ……ふふ…はっ…はははははは…。」


「笑いが止まらんな…信仰を失った神の紛い物と偽物の群衆が…本当に見るに耐えんよ…。」


 禍津の笑いは先程と少し違う様相を見せている。少し怒りが混じったような笑いだった。


(俺の感じた力の違和感…それが正しければ…。)


 俺は両手をバチバチと発光させた。いつも握っていたジュードの長剣を再現する為では無い。そのイメージは何かを生み出す為のそれでは無いのだ。


「良いだろう…全員まとめて終わらせてやる…。」


 禍津の足元に出現している魔法陣のようなそれが強い光を放った。発動の準備を終えたのだろう。


 辺りを暗い光が覆う中、飛び出したのはケイト、ジュード、ルイーザの三人だった。


「「「させない!!!」」」


 各々が己の得物で禍津に攻撃を加える。恐らく大したダメージにはならないのだろう。それでも奴の意識を拡散させるには十分だった。


 ルイーザが矢を放ち、それが途切れればジュードが二本の剣で連撃を加えていく。その間にケイトは詠唱を完了させ、魔法を発動し───間髪入れずに今度はジュードが魔法を詠唱していく───見事なまでの連携だった。



 ───そう、言うなれば皆の心が一つになっていく感覚───



(これだ…!)


 彼らを見てある確信を得た俺の全身を、バチバチと音を鳴らしながら、光が包み込んでいき──────


 そして、それは伝播するようにして戦闘中の三人の体をも包んでいった。




 ─2─



 ショウマを包む、バチバチと音を立てる光が、他の三人にも同じように発生している。


「ずっと考えてた。思えば随分前から違和感があったんだ。ラクサの町で禍津あんたと戦った時、ブチギレた俺はとんでもない力で戦ってた。さっきだってそうだ。あれはジュードの動きを再現した訳じゃないのに、俺はいつも以上の力を発揮できてた。」


「俺の本来の力は見たものを再現する事じゃない。この力の本当の能力は───



 ───心を集束する力なんだ。」




 俺の力は心の生み出すエネルギーを集束する。だから俺の感情が大きく動けばそれだけ強いエネルギーになっていた。俺がジュードや他の仲間の力や武器を扱えたのは、彼らとの間に絆というパイプが出来て、それを通じて力を供給してもらっていたからだ。だから共に過ごした時間が愛おしくなるほど、俺の力はどんどん強力になっていって、いつしか強力な技まで再現できるようになっていた。そう、まさしく訳だ。


 ───俺がやっていたのはジュードの再現なんかじゃなく、心で繋がったジュードの力を憑依させる行為。その表現の方が近いだろう。


「アマテラスの秘宝…愚かだ…実に愚かだよ菅生将真!!乃木静子!!それから貴様らもだ紛い物共!!!!そんな綺麗事を並べたような力で私は倒せぬぞ!!!!!」


 禍津の表情に焦りが見える。今までの余裕が嘘のように、彼は明らかに焦っているのだ。



 ジュード、ケイト、ルイーザを包む光が、俺を包む光と繋がるようにして俺の元へ集まっていく。



「禍津…見せてやるよ…これが俺達四人の───



 旅路の果てだ!!!!!!」



 左手を高く掲げる。そこに現れたのは─── 一本の剣だった。


 白く光るその剣は俺達から発せられる光を一身に受け止め、その光をより強めていく。


 仲間達と俺との間に、確かに築かれた信頼と絆。それが俺達の心を繋げている。目には見えないけれど、彼らから送られてくる暖かな光がそれを証明しているのだ。



 神々しく光る剣を両手でしっかり握り、思い切り叫ぶ。



絶対永劫の絆剣アエテルヌス・ヴィンクルム!!!!!」



 太陽のような眩しい光を携えたその絆の剣を、俺は禍津目掛けて両手で思い切り振り下ろした。


 剣が辿った軌跡に白い残像が残り、巨大なアーチを描きながら禍津の元へ到達する。



 ───禍津の背中から湧き出した複数の黒いエネルギーが、それを全力で受け止めているが──────



「ぬぅぅぅぅううううおおおおおお!!!!」



 禍津に対抗するように、俺達も叫んだ。



「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 ───あと一押し、あと少しで───



「禍津!!!!最後に言っといてやるよ!!!お前は散々紛い物だの、偽物だのって皆の事をフィクション扱いしやがったけどな!!!」



 俺の心を更に増幅させるように、思い切り叫んだ。



「俺が紡いできた皆との絆も!!!!」



「俺と一緒に泣いて!怒って!!笑ってくれた皆のは!!!!!!」



 ───押し込むようにして、俺は更に剣に力を込めていく───心からの叫び共に。



「偽物なんかじゃなぁぁぁぁぁぁい!!!!」



「「「いけぇ!!!ショウマぁぁぁ!!!」」」



 叫び共にねじ込んだ絆剣が、徐々に禍津へくい込んでいき──────


「こんなもの…こんなものォォォォォ!!!」




 剣圧が、ついに禍津をねじ伏せた。




 ─3─


 周囲に沈黙が漂う。


 禍津はついに静止し、俺達は力を出し切った事で全員がその場に膝をついた。


「ふ…ふぅ…はぁ…はぁ……。」


(終わった……のか………。)



 飛びそうになる意識を何とか保ちながら、心の中ではもう終わってくれと願っている。


「将真!皆!!油断するな!!」


 そんな俺の、俺達の心に静子は喝を入れた。


「……ぬ………ぬぅぅぅぅ……ふふふふふ……。」


 ───禍津がフラフラと立ち上がっている。


「おいおいおいおい……ウソだろ……。」


 ルイーザが弱音に近い声を発した。


「いい加減しつこいぞ…勘弁してくれ…。」


 ジュードは今にも倒れそうになっている。


「化け物…じゃない…わかってたけど…。」


 ケイトの表情には諦めに近い笑みがあった。



(はは…でも…もういいだろ…後は頼むぜ…。)



 俺の心の声に応えるように、静子はついに動きを見せた。



「いつもいつもすまんな、待たせてばかりで───」


 静子が更に上空へ昇って行き、彼女の頭上に巨大な黄金の魔法陣が発生する。


「き、貴様……やめろ…そんなものを……!」


 禍津がよろけながら目を血走らせ、静子を睨んでいる。


「終わりだよ禍津。さぁ、もう一度眠ろう。安心しろ、しばらくは添い寝でもしてやるさ。。」



 「簡易式・対魔封結。」



 静子の呟くようなその声と共に、魔法陣が下降して行く。


 下降した魔法陣は追尾するように禍津の元へ移動した後、彼を中心に据えて拘束した。



「っぐぅ!!!」


 禍津が悲痛な声を上げる。


「ふ、ふふふふ…この期に及んでまだ邪魔をするか…信仰を失った神の紛い物が…!」


 魔法陣が徐々に禍津を締め付けるようにして小さくなっていき、その度に禍津が苦しそうな声を上げていく。だが───



「ふふ……私はただでは終わらんぞ……それ、受け取れ……!これが最悪最後の置き土産だ…!!!」


 禍津が上空に向かって黒い何かを射出したが、それも虚しく散り散りになって消えて行き───


 魔法陣の拘束が、ついに禍津を潰してしまう程の小ささまで圧縮された。


「ガァァァァ!!!ぬぅ…忘れん……忘れんぞ……!!貴様の事は永」



 ───禍津の声は、そこで途切れてしまった。結界が禍津をぺしゃんこに潰してしまうようにして彼を完全に拘束し、そこに残ったのはビー玉のような小さな球体だけだった。




 ─4─


 ───終わった。やっと。



「皆…や、やったな…。」


 疲弊しきった声で、俺は皆に声を掛けた。


「あぁ…今回ばかりはダメかと思ったがな…。」


「私達が力を合わせたらなんでも出来ちゃうって事が証明されたわね…。」


「あはは…ケイトちゃんの言う通りだ…多分世界最強だよ、あたしら…。」


 ───皆と笑い会う時間も長くは続かない。


「将真よ…。」


 静子が俺達に声をかけた。


「皆…本当によく頑張ってくれた…あとは……あの洋館の中へ行けば……君は元の世界に帰れるだろう…。」


 静子は途切れ途切れになりながら、言葉を続けた。


「君は随分変わった方法でこの世界に辿り着いてしまった…だから…帰るのにも苦労したな…。戻ったらゆっくり休むといい…安心しろ……禍津は引き続き私が抑えている…。奴を完全に排除する術も考えておこう…。」


「あぁ…そうして貰えると助かるよ…ありがとう、静子さん…。」


「それと…アマテラスの秘宝が目覚めた事で、君の精神にも少なからず影響が及んでいるはずだ…。あまり周りを気にしすぎるなよ…。」



「え?あ、あぁ…。」


 彼女の言っている意味はいまいちよく理解できなかったが、疲弊しきっているのか、俺はそれ以上追求する気にはなれなかった。


 後は帰るだけ。だが、俺にはあと一つだけやる事がある。



「ジュード、ルイーザ…その…。」


 伝えなければならない事がある。ジュードとルイーザの正体についてだ。


 だが、二人は全てを理解しているかのような顔で俺に笑顔を向けた。


「大丈夫だ、僕達の事は気にするな。分かっているよ。僕達はこの世界で何とか生きていくさ。」


 ───そうか、二人は気づいていたのか。


「ケイト…皆…。俺、また絶対帰ってくるから!だから…だから……。」


 嗚咽がとまらなくて、上手く言葉が出てこない。


 そんな俺の背中を、三人が同時に押した。


「分かってるわよ!約束したじゃない!鉄興祭、来年行くんでしょ!」


 ───あぁ、そうだ。だからこれは別れなんかじゃない。



「皆……また───」


 体のスイッチを切り替えるようにして、俺は涙混じりの笑顔を見せた。





「またな!」





 押された背中に彼らの確かな温かさを感じながら、俺は踵を返し、目の前の大きな石造りの洋館へと走っていった。



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