ただいま
2010年12月21日
───石造りの洋館内部。
内部は薄暗い。不思議なのは、周囲にそれらしき明かりは一切無いのにも関わらず、まるでどこかで小さな光が点っているかのような明るさがある事だ。その建物は大きさの割にそこまで広くは無さそうで、全体的に随分不思議な作りをしていると思った。
しばらく辺りを散策してから、俺はやってしまったと思った。洋館のどこから帰る事が出来るのか、一切確認していなかったからだ。
戻ってももう静子はいないだろう。彼女は禍津を封印するのに相当な力を使ったようで、今にも消えてしまいそうな様子だったのだ。
心に暗い影を落とし始めた時、洋館一階の奥に外に出られそうな扉を見つけた。
扉をゆっくり開け、外に出る。そこに広がっているのは、先程と同じような雪山の景色───
───その景色の中にあったのは、周囲に溶け込むには少し異質なその端末だった。
なんだろう、変な機械だな。そう思いながらも恐る恐るそれに手を伸ばしてみる。タッチパネル式なのか、俺がそれに触れようとした時にその機械は突然の来訪者に驚いたかのように声を発した。
───精神世界における自己メンテナンス完了。デバイスを復旧します───
「うわっ!?なんだこれ…」
───アドミニストレータのアクセスを確認───意思決定確認───外部接続を開始します───
─1─
「ん……んう……。」
目を覚ます。体を起こす。
「うっ……さっむ………。」
布団をかけないで寝ていたせいか、体が酷く凍えている。
周囲に見えるのは、見慣れた自室の風景。鼻孔に入り込む空気からは、懐かしくて落ち着く匂いがした。
(そうか、帰ってきたのか。)
寝ぼけた眼でぼーっと周囲を見渡してから、俺はある事を思い出して一気に目が覚めた。
「あ…!!今何日だ!?」
咄嗟に携帯電話をスライドさせて画面をつける。待ち受けに表示されている日付は───
───2010年12月21日 04:31
(え…21日…?しかも…早朝…。)
俺が精神世界に行ったのが12月20日なので、丁度一晩眠った程度しか時間が経っていない事になる。眠りについた時間は正確には覚えていないが、家に着いたのは恐らく19時過ぎ位のはずだ。
俺があの世界にいたのは大体七ヶ月ほど。どうやら現実世界とは流れる時間が違ったようだ。
(うぅん…。眠いんだけど…なんか眠れねぇな…。)
再び布団に横たわった俺は再度睡魔に襲われたものの、眠ってしまえばまたあの世界に行きそうな気がして眠れなかった。皆にまた会いたい気持ちはあるのだが、久々に帰って来るとやはりこの世界の居心地の良さに心を持っていかれてしまう。
(起きるか…やることねぇけど…。)
自室を出て一階に降りる。
ウチは少し変わった作りをしていて、一階と二階の間は大きな吹き抜けになっているので、上から覗けば一階の部屋はほぼ全て丸見えになるようになっている。
(流石にまだ誰も起きてねぇか…。)
吹き抜けになっているともちろん音も筒抜けになるので、俺は早く起きすぎた遠慮からまるで悪い事をしに行くように音を立てずに一階へ降りた。
冷蔵庫を開けて、とりあえずお気に入りのカフェオレを飲む。朝の寒さと静けさだけが漂う中、俺はこれからの事を考えた。
「やるべき事は分かってっけど…なんだろ、なんか───
現実に帰ってきた実感が湧いてきた俺を最初に襲ったのは、予想していなかった感情だった。
───怖ぇな…。
自分の心の中の世界を旅をした事で、自分の弱さも至らなさも身に染みて理解した。今後どう振る舞えば良いかも、何となく頭の中で作ってきたつもりだ。なのに、いざ現実に帰ってくると、それが通用するのかどうか分からなくなってきてしまった。
───結局俺はその後自室に戻ってゲームを開き、そのまま学校を休んだ。起動したのはいつものゲームじゃない。買ってしばらくしてから、正直ハズレだなと思って途中で折れたゲームだった。
─2─
───その日の夜。
仮病とは言え一応体調が悪い事になっているので、俺は自室から出る事はせず、夕飯も日中に誰もいない間にこっそりコンビニで買ってきておいた唐揚げ弁当を食べた。レンジで温めたかったけれど、それをしてしまうと母に食欲がある事がバレると思って冷たいまま食べた。普段だったら損した気分になるはずなのに、久々に食べた地元の飯は、涙が出そうになるほど美味かった。
食事を終え、ベッドに仰向けになってゲーム機を起動した。
日中やっていたゲームはやはり面白くなくてやる気になれず、俺は手持ち無沙汰な気分でセーブデータの一覧を見始めたが、あるゲームのデータが目に映った所で俺は十字キーから指を離した。
「……あ…。」
セーブデータのアイコンに写っていたのは、パーティーキャラクター達の集合絵。もちろん、あの二人も写っている。
「ジュード…ルイーザ……。」
あの二人が今の俺の姿を見たら笑うだろうか、それとも怒るだろうか。いや───
───きっと、ケイトも一緒になって背中を叩いてこう言うだろう。安心しろ───
「後ろには僕達がいる。」
「後ろにはあたし達がいるよ。」
「後ろには私達がいるのよ。」
────────────────────
───翌朝。
七時半に起きた俺は、朝食を家族と食べてから学校へ向かった。母に朝練は?と聞かれたが、病み上がりだからと言って適当に誤魔化した。
人通りの少ない通学路を自転車で駆ける。イヤホンは忘れたので音楽は聞いていない。
たった一人で正門を潜った。その時感じたのは、恐ろしい程の恐怖だった。
(っ………!!)
人がいる。沢山の生徒がいる。こちらを見ている気がする。中には友人も、友人だと思っていた人もきっといるはずだ。そいつらがいま俺を見ていたとして、どう思っているのだろう。俺の悪評や、行いは…どこまで知れ渡っているのだろう。
先週までは何とも思っていなかったはずなのに、今の俺にとっては周囲の空気からまるでシャドウが現れた時のような恐怖感と重さを感じられた。
顔を俯かせて自転車を駐輪場に停め、教室に向かって歩き始める。まるで狭い通路を歩いているように真っ直ぐと、周囲に目もやらずに歩いた。
───教室に入っても、俺は自ら口を開かなかった。それでも声をかけてくる周りの反応は普通で、授業中も、給食の班も、昼休みも、掃除も───何もかもが変わらない日常のまま終わっていった。
───そんな日々が、三ヶ月程続いたある日の出来事だった───
3月11日。誰もが忘れない、忘れる事の出来ない、最悪の出来事が起こった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます