悪魔≒親友



 ─1─


 佐藤の顔がほんのり赤くなっている気がする。


「ちゃんと言うね…?菅生と付き合いたいと思った理由わけ。」


 佐藤は重苦しいを発しながら、話を切り出した。


「都田くんと付き合い始めたのは、一昨年の十二月なの。私達がまだ一年だった時だね。女テニに佳奈っているでしょ?今部長やってる。私仲良くてさ。」


 佐藤はすらすらとそれからの経緯を説明した。


「エース同士話も合うみたいで、都田くんと佳奈は仲が良かったの。それで私も良く話すようになって、それで、ある日都田くんから告られたんだ。」


 佐藤の話は何となく聞くに耐えなかったが、大事な話なのだろうと思って我慢して聞いた。



「なんか、元々都田くんの方が私に気があったみたいで、佳奈が繋げてくれたみたい…。私も、別に付き合っても良いかなーと思ったから、断らなかった。付き合ってからも都田くんは都田くんでさ、ホント優しくて、物腰も柔らかくて。テニスだって強いのに、それをひけらかさない感じも、悪くないなって思ってた、だけど───


 いつからかな…わかんないけど、あの人雰囲気変わったんだよね、人の悪口ばっかり言うようになったし…。今だから言えるんだけど、菅生の事も、結構悪く言ってた…。」


(やっぱ、あいつになんかあったのか。)


「段々私の知ってる都田くんには見えなくなってきて、怖くなって…。それで別れようって言ったの…。だけど───


 都田くんは許してくれなかった…私に手もあげるようになった…平気でぶったり、無理やり…その、しようとしてきたり…。」


(しようとしてきた…?それって体って事か…?いや…でもこれ以上掘れねぇな…。)


「そんな日がしばらく続いて…気がついたらもう…何ヶ月もそんな状態で……学校にも行けない…でも誰に相談しても聞いて貰えないの…都田がそんなやつとは思えないけどなって…もう、何もかも嫌になって……。」


「暗くなってく自分が嫌で、ダメってわかってたけど、もうどうでもいいやって思って髪色も明るくしてさ…そしたらちょっと気分もましになったんだよね…それで何とか学校に行こうって思ったその日、駐輪場で君を見たの…。」


「…え?俺…?」


 唐突の指名に慌てた。俺が彼女に何かしてあげた覚えは無いが…。


 佐藤はそれから少し笑って、話を続けた。


「去年の八月、君駐輪場で何してたと思う?強風でぜーんぶ倒れてた自転車、必死になって直してたんだよ…?」


「あ、あぁ…そんな事あったな…。よく覚えてねぇけど…。」



「なんて健気な人なんだろうって思ってさ。それから君の事が気になって、よく見るようになった。君はよく落合くんと一緒にいて、あの人が土屋とか、齋藤とかに虐められて、周りが気にして関わらないようにしてる中でさ、君は友達でいることをやめなかったでしょ。そんな君を見て思ったんだ、この人は自分に正直に生きてるんだなって。」



「あぁ、私も負けたくないって。」



「だから、私は勇気を出して都田くんを突き放したの。もう二度と話しかけないでって。でもそれが良くなかった…。全然引き下がらない彼を突き放す為に…私は君を…菅生を利用しちゃった…。」


「俺を利用って…どういう事…?」


「菅生と付き合うことにしたから…もう、話しかけてこないでって…そう言っちゃったの…。まだ、菅生に告白する前の話…。」


 ───あぁ、なるほど。それで都田は自分が振られた理由に俺をあてはめていた訳だ。それで、俺と佐藤を引き離そうとした訳だ。


 その話を何らかのタイミングで都田から齋藤と土屋が聞いたのだろう。それをたまたま聞いた落合が俺に伝えに来た。


 だが、結果的に俺は土屋、齋藤、都田の手によって別れることになった。だから落合は「もしかしたら俺のせいでこうなったのでは無いか」と、負い目を感じていたのだろう。だからあいつは俺が放課後の教室に呼び出した時、何も言えなかったのだろう。


「本当に謝らなきゃいけないのは私の方…。菅生の事利用して、土屋の言葉は最初信用してなかったけど…でも別れようって言ってきた菅生の言葉に耐えられなくなって…理由も聞かずに突き放しちゃった…。だから私も謝らなきゃなの…。」


 佐藤の目に涙が浮かんだ。


「いや、謝んなくていいよ。話聞いてて思ったけど、どうしようもなかったろ、それ。」


 俺の名前で何とかなったならそれで良い。少なくとも今はそう思える。


「なぁ、佐藤。」


 少し目を隠しながら俺の呼び掛けに佐藤が反応した。


「俺も戦ってくるよ、決着つけてくる。」


 佐藤は何の事かよく分かっていない様子だったが、俺の表情に何らかの覚悟を感じたようで───


「菅生、なんか雰囲気変わったね。ちょっと大人っぽくなったよ。」


「そうかな?そうか…まぁ、長い間あっちにいたからな…。」


「え?あっちって…?」




 ───俺は佐藤の元を後にしてその日は帰路についた。帰宅してすぐ、俺はしばらく送信していなかったメールアドレス宛にメールを送った。明日から春休みに入るが、部活は休みのはずなので場所はここで良い。



 ───明日の夕方、テニスコートで待っている。




 ─2─


 ───2011年3月19日 夕方。清央中テニスコート。



 俺は真っ青なワイシャツに白いTシャツを着て、下は黒いスキニーパンツを着用して学校に来ていた。シャツのボタンは閉めていないので、風が吹く度にバタバタと暴れるそれが春の風を感じさせる。


 コートを歩き、ネット付近で立ち止まる。約束の時間はもう少しで過ぎるだろう。都田はまだ来ていない。



 午後六時五分。予定時刻を五分程オーバーしたところで、その男は現れた。



「よう、都田。」


「おう。」



 都田はゆっくりと、少し面倒臭そうに目を横に背けてこちらへ向かってきた。


「何?なんか用?」


「用が無かったら呼ばねぇだろ。」


 俺の咄嗟の返しがそんなに意外だったのか、都田は少々面食らったようにその場に立ち止まった。


「お前…なんか変わったか…?」


 都田は俺の何かを感じ取ったようにそう言った。だが生憎それは俺の台詞でもあった。


「それはこっちが言いてぇよ、佐藤はもう全部知ってるぜ。昨日和解したし、お前らのやった事は全部伝えてある。」



「だから?何だよ。佐藤が俺の所に帰ってくることはもう無いってか?わざわざそんな事言いに来たのか?マジでウゼェなお前。」


 都田から滲み出ているのは、明確な憎しみの感情だと思った。やがてそれはどんどん膨張していって俺を飲み込もうとしてくるが、都田の俺に対する感情はもうとっくに知っているからか、これまでのように胸が締め付けられるような感覚には陥らなかった。



 俺はいい加減本題に入りたいと思ったので、を持って、目の前の人物を刺激した。



「散々暴言吐けば俺がビビるとでも思ったか?生憎今更お前に吐き捨てられる言葉なんて怖かねぇんだわ。あと、俺が話してんのはお前じゃない──────





 ───を出せよ────





 ───お前、夢喰いだろ?」




 間違っていた時の恥ずかしさは半端じゃなかったと思うが、それも覚悟の上でここに来た。だから、こいつがそれなりの反応をしてくれて正直ほっとした部分はあったかもしれない。



 は、まるで人が変わったように目を見開いて俺の言葉を返した。



「ふ…ふふふふ…あらまぁ…そこまで突き止めていたのね……妬いちゃうわぁ……。あなたを選んだあの人が妬ましい…。でも残念…私は夢喰いでは無いの…。」



 まるで女性のようなその口調に、俺は強い違和感を覚えた。


「何?その目は…まるでこの子がおかしくなったみたいな顔をするのね…。でもぉ、あなただって同じじゃない?ねぇ?アヴァリツィアの宿主さん?」



 都田の騙ったそいつは、俺が想像もしていなかった最悪の真実を告げる事になる。

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