失われた結晶


 トレガンの街に来てから二日目の朝。


 ショウマが目の前に置かれた目玉焼きと厚切りのベーコン、焼きたてのパンをじっと見つめている一方、向かいのケイトは黙々とそれを食べ進めている。


「食べないの?」


「あ、はい。食べます。」



(おい…!ジュード…!)


 ルイーザがジュードに小声で話しかける。


(え!?何あれ…どうしたの!?もしかして、ショウマやらかした…?あいつ先走った!?)


 ジュードは一口大にちぎったパンを口に運び、喉を通してから小声で答えた。


(あぁ、そのまさかだ。恐らくお前が想像しているのとは違う理由でな。)


 ジュードはルイーザに今朝起こった事を耳打ちした。


 事情を聞いたルイーザはゆっくりとジュードの口元から耳を離し、自席で姿勢を整えるが、その表情から驚愕の感情は抜けていない。


(お前もいい加減おちょくるのはここまでにしておけ…。わかるだろう、ショウマと彼女が結ばれたとて、それは幸福な結末になるとは限らん。)


 ジュードは昨日の夜、ショウマの相談に思わず真剣に乗ってしまった自分にも言い聞かせるようにして、ルイーザに忠告した。


 彼が懸念しているのは元の世界に帰るという目的故、後の二人の関係性を保証できない事だ。自分達を含め、ショウマでさえも一度この世界を離れれば再びここに戻ってこられるとは限らないのだから。


(うぅん…そうか、確かにそうだねぇ…。あたしもちょっとはしゃぎすぎたか…。)


(彼らの仲を引き裂けとはもちろん言わんが、だが過剰に煽る必要も無い。)


「さぁ、お前達も食べ終わったら出るぞ。情報収集だ。」


 ジュードは早々に朝食を食べ終えると全員の体のスイッチを入れるようにして声を出した。




 ─1─


「緑色の結晶ねぇ……あんたら、あんな恐ろしいモン探して何しようってんだ?」


「おじさん、知ってるんですか!?あの結晶のこと!」


 製鉄の街と言うだけあって、周囲は鉄と煙の臭いが暑さに乗って立ち込めており、ツンとした香りが鼻腔を刺激している。


 俺達は街に出て記憶の結晶についての聞き込み調査をしていたのだが、それについて知っている人は想像以上にあっさりと見つかった。


「知ってるも何も、ありゃ相当な騒ぎになったからなぁ…。」


「おっちゃん、差し支えなければそれ、聞かせてくんない?」


 ルイーザの頼みに長くて白い髭を蓄えた高齢の男は快く答えてくれた。


「あれはもう半年近く前か…突然緑色の結晶が空から降ってきてな…当時は新しい鉱石か何かかもしれんと、鍛冶屋連中は大盛り上がりしたんだが…調べる為にそれに触ろうとした連中が何人も幻覚を見たって騒ぐもんだから、何かの祟りなんじゃねぇかって皆怖がってよ…。」


「あぁ〜…そうよね、事情を知らない人が触っちゃったらそうなるか…。私らもあれ、見つけたそばから隠してくべきだったかもね。」


 ケイトがそれは盲点だったと言うような顔で呟いたが、事情を話してくれているその男は次に衝撃的な言葉を告げた。


「お嬢ちゃんの言う通りよ…。だからわしらもそれに触れられないようにしようって事で話がまとまってな。今じゃ…ほれ、あんな感じに─────」


 男が指さす方向には、一体の像が立てられている。


「鉄で固めて街のモニュメントになった。」



 俺達は全員一呼吸おいてから互いに目を見合せ、同時にリアクションした。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」



「信っじられない…結晶なんて私らは呼んでるけど、あれ実体は無いのよ…一体どうやってあんな…。」


 ケイトの驚きに男は当たり前のように反論する。


「よく分からんが目に見えとるんだからそれの通りに型を作ってやれば難しい事はなかろうよ…。トレガンの製鉄技術をなめるでないわ…。」



「終わった。触れないんじゃ無理じゃんよ…。」



「ならブッ壊しゃいいじゃあないか。」


「何を物騒な事を言うか…!あれは今では街に災いが起きないように、幻覚を見た物が一様にと言う事から孤独な戦士の像呼ばれ、厄除けの象徴として祈りを捧げられとるんじゃ…!罰当たりな事を言うでないわ!」



「孤独…努力の結晶なんてリュウゲンは名付けてたのに、孤独か…。」



「仕方ないねぇ…なぁ、おっちゃん。ここの町長がいる所まで連れてってくんないかな。」


 ルイーザが意を決したように告げると、男は少し考えてからそれを快諾した。


「あぁ、構わんよ。着いてきなさい。」


 俺達はまるで長老の様なその男に連れられて、街の長が住む屋敷へと足を運んだ。




 ─2─


「よっこらせと…。それじゃ話の続きを聞かせてもらおうかの?」


 男はたどり着いた大きな屋敷の居間で腰を下ろすと、4メートル程はありそうな長テーブルの向かいに俺達を座らせ、話を続けた。


「え?おじいさんがここの長だったの…?」


 ケイトは彼の風貌になんとなく納得しつつも、「だったら最初から言ってくれればいいのに」と呟いた。


「おっちゃんがここのトップなら話が早い。ほいよ、これ。」


 ルイーザは一枚の紙を取り出すとそれの内容を見せつけるようにして老に渡した。


「ほぉ…これはまた大層なモンを持ってきたもんじゃの…。」


 老は笑い混じりにその紙を受け取り、どうしたものかと顎髭を触っている。一体何を渡したのだろうか…俺は気になってルイーザに尋ねた。


「ルイーザ…何を渡したん?」


「あぁ、まあ協力要請だよ。直筆のね。」


「念の為用意してもらっていて正解だったな。そういう事なので、長よ、ほんの一時でも良い、僕達にあの結晶に接触する機会を頂きたい。」



 老は低く、小さく唸りながら長考し、やがて決断を下した。


「うぅ〜〜ん………。なんて考えてものぉ、こんなん出されたらわしらに判断の余地などないだろうて───」


「分かった。あの結晶に触れる余地があれば良いのだろ?明日までには準備してやるから、少し待っておれ。その代わりと言ってもお主らに応える義理は無いのだろうが、いっこ頼んでも良いかのぉ…?」


「もちろん、むしろ急に来てこんなの叩きつけてすまないね。」


 ルイーザの反応に安心したように老は話を切り出した。


「あの結晶…なんとか撤去できんもんだろうか…。わしも街の皆の事を真に考えるのであれば、あんなもの無い方が良いとは思っとる。街のモニュメントにしたのだって、撤去出来ない以上あぁする他方法が無かったからだ。わし個人の本音を言えばな。」


 老は話を続ける。


「あんたら、あの結晶についてなんか知っとるんだろ?もし退けてしまっても問題ないものなら、お願い出来んかの…?」


 なるほど、確かに触れたら人の記憶が見えてしまう結晶なんて傍から見れば気味が悪いだろう。ましてやそんな物が生活圏内にあったら、ここの人達は落ち着かないに違いない。鉄で固めて祟りが来ないように手を合わせるのは、きっと他に方法がないが故の気休めなのかもしれない。


「わかった!まぁ、俺達も今すぐに退けたりは出来ないんだけど、あれをこの街から撤去する。それは約束するよ。」


 ジュードは少し懸念のありそうな顔をしたが、一旦その場は飲み込み、その場の全員が俺の意見に納得してくれた。




 ─3─


「良かったのか。あんな事を言っても。」


 ジュードは宿に戻ってきてから俺に老へ約束してしまった事への懸念を話してくれた。


「現状僕達はあれを退ける方法を知らない。撒いた本人であろう着物の女性なら知っているかもしれないが、僕達は彼女に聞かなければならない事が他に沢山ある。あの老には申し訳ないが、優先順位は決して高くないぞ。」


「わかってるよ。でも急に来た俺達の為に半強制的に動いてくれたんだぜ?いくらなんでもちょっと可哀想じゃんよ…。」


「はぁ…お前は人が良いな…。」



 ため息をついたジュードはそのまま俺と反対方向に体を返し、そのまま喋らなくなった。恐らく眠ったのだろう。



 ───そして、次の日。




「おぉ…ほんとに記憶の結晶をコーティングしてたのか…。」


 目の前にある孤独の戦士の象は身を守る鉄を真っ二つにされ、本体である中身が露出していた。


「長老の命令だ、用があるならさっさと済ませな。」


 ───全く…こんな気味悪いモンに何をするってんだよ…。勘弁してくれ…。


 記憶の結晶を覆う鉄の解体を担当してくれた町民は悪態をつきながら俺達の元を離れていく。


「なんか…ちょっと後味悪いな…。」


 俺は明確に悪態をつかれたことと、その理由が上からの圧力を行使した自分達のせいである事に自己嫌悪を感じていた。もちろんルイーザやジュードを責めることは出来ない。彼らの行為は俺の為に行われた事だ。そうやって行き場を無くした罪悪感の矛先は己自身に向かっていったのである。


(いや…今は目の前のモノに集中だな。覚悟、決めねぇと…。)



「よし、皆…いくぞ───」


 全員が頷いて返事を返す。



 俺達は六つ目の結晶───努力の記憶に手を伸ばした。






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