繋がりの証
製鉄の街トレガン
「二人とも、ご心配をおかけしました!」
俺とケイトは同時に頭を下げる。
それをみたルイーザは満面の笑みで俺達を迎えてくれた。
「ほんと…大事に至らなくて良かったよー!おかえり!二人とも!」
先日の作戦会議から一週間、ケイトも俺もすっかり全快し、俺達は次の目的地である製鉄の街トレガン向かうため、辻馬車の乗り場にて集合していた。
「そんじゃ!次の目的地へ向かおう!」
「トレガンは製鉄の街、ここからも定期便が出てるみたいだから、それに乗せてもらうよ。時間も惜しいしね。」
ルイーザは右手でガッツポーズをする。
「あぁ、運賃のことなら心配ないよ。公費で落としてもらってるから。」
それからルイーザはニヤリと笑いながらうちの経理担当であるジュードを見た。
「そろそろトレガンの街は鉄興祭の時期よね、タイミングが良ければお祭りに参加出来るかも!」
そう話すケイトが少し落ち着かない様子なのは、決してその祭りが楽しみというだけでは無く、あまり王都にいたくないからなのだろう。ここはケイトにとっては少々苦い思い出があるからだ。
俺は少しケイトに気を使うようにして「早く行こうぜ!」と声をかけながら、足早に辻馬車へ乗り込む素振りをした。
───残る結晶はあと二つ。俺達の旅もいよいよ佳境に差し掛かっている。
─1─
馬車の中での座席位置はこうだ。
進行方向に向かって前側の席にジュード、ルイーザ、後ろ側の席には俺とケイトがそれぞれ隣合う形で、二グループが互いに向かい合っている。
何故このような配置になったのか。それはもちろんルイーザのイタズラである。
辻馬車に乗り込む直前、俺は気まずいのか恥ずかしいのかなんとも断定し難い気持ちを抱えており、先陣をきって馬車の前まで歩いていったにも関わらず、いざ乗り込もうとした矢先に挙動不審になりながらジュードの後ろに続くようにして先を譲ったのだが───
それを完全に見透かしていたのか、ルイーザはその場を突然仕切りだし、てきぱきと座席配置を決めていった。俺の座る位置を最後に指示するようにして。
草原の爽やかなにおいを鼻に感じながらも馬車に揺られているこの時間、田舎のような落ち着くにおいと対照的に俺がどれだけ落ち着かなかった事か。俺はルイーザを小一時間責めてやりたかった。ケイトの様子を確認したくても、何だかまるでケイトの方向から頬を平手で抑えられているようにして顔がそちらを向いてくれなくて、彼女がどんな心境なのか知る術も無かった。
その代わり目の前に座っているルイーザの表情だけはもう十分なくらい目に入ってきた。それはもう、ものすごく悪い顔でニヤニヤと笑っている。俺とケイトを見比べながら…。
俺はジュードに助けを求めるように一度目を合わせたが、彼は何を思ったのか一度だけ目を合わせると目を閉じ、ゆっくりと天を仰ぎながら何も言わなくなってしまった。
とはいえ何にも会話が無いのは流石に不自然だろう。だから俺は意を決して王都を出る前におやつにしようと思って買った大好物をあげた。
「あ、これ、グミ…食べる?」
「…ん?あぁ、うん。ありがと。」
俺は自分で差し出したグミの包みに目をやりながら彼女に分け前をあげた。
「いや寝た後か…。」
「馬鹿者……!」
ルイーザとジュードが蚊の鳴くような小さい声で漫才をしていた。
─2─
途中、小さな村や町を中継地点にしながら馬車は確実に目的地へと進み、王都を発ってから数日が経過した。
「着いたぁー!!!」
ケイトが大喜びしている。もしかして結構気まずかったのだろうか…。
(そんなに馬車の時間苦痛だったのかな…。)
また俺の被害妄想が始まってしまった。
火が鉱物を燃やす特有のにおいが、鼻に個性的な印象を残していく。
「まずは宿探そう…荷物下ろしたい…。」
俺の提案に全員が納得すると、俺達は街の人に聞き込みをしながら滞在する宿に向かった。
────────────────────
「へいへい、全部で四人ね!部屋割りとかは適当にそっちで決めちゃっていいから、寝間着は男女兼用だしさ。あぁあと温泉なんだけども───」
「温泉があるのか!!!!!!!?」
受付の中年男性の予期せぬ言葉に真っ先に反応したのはもちろんジュードである。
(そっか、ジュード温泉大好きだもんね。)
「あ、あぁ。まぁレーベとかに比べたら大したことねぇけどな…!」
受付のおじさんは少し笑い混じりでそう答えた。
「あぁ、でな?温泉はあんたらから見て右側の通路な、まっすぐ行ったら男湯だから、女湯は男湯じゃねぇ方な。」
(随分大雑把な説明だな…。これ間違える人絶対いるだろ…。)
俺達は二部屋分の鍵を受け取ると、荷物を下ろすため自室へ向かった。
「よし、部屋割りはあたしとジュ───」
「いくぞ、ショウマ。」
ルイーザの魔の手は留まる所を知らないらしい。
こうして、当たり前だが俺とジュード、ケイトとルイーザで部屋割りが決まった。
───一方その頃。
「あぁーやべぇ!」
受付の男は念の為伝えておくべき事を失念していたことに気がついてしまっていた。
「女湯と男湯の入れ替えの時間伝え忘れちまったなぁ〜…。あぁ〜でもめんどくせぇなぁ…。見りゃ分かんだろ〜。」
─3─
「っあぁぁ〜〜…」
温泉の温かさが、俺達を包み込む。
硫黄の香りはしないが。
「全く…ルイーザのあれは何とかならんのか…。」
ジュードが珍しく頭を抱えている。
「あはは…完全に面白がられてるよな、俺達…。」
彼女は元々ああいう、人の恋愛ごとに目が無いというか、見ているとついちょっかいをかけてしまう質なのである。
「まぁ、あれはあれで彼女なりの優しさではあるんだがな。大事な人を早々に亡くしてしまっているが故の行動なんだろう。」
ルイーザは両親を早くに亡くし、幼い頃からずっと弟の面倒を見てきた訳で、恐らく自分が恋愛をする余裕なんてなかったのだろう。自分の事より家族の事を。それが彼女の生き方だった。
「でも俺気まずかったよ〜……なぁジュード、俺どういう顔で接したらいいんだろう…?」
俺は懇願するようにジュードに相談した。
「どういう顔も何も、今まで通りでいいだろう。彼女の様子を見てみろ、明らかに雰囲気が違う。お前だけの一方通行な気持ちならまだしも、相手も同じ気持ちなら今まで通り接していればいい。彼女はいつものお前の事を想っているんだろうからな。」
ジュードがとても真剣に回答してくれた事で、俺は感激してしまった。
「ジュードぉぉ〜…。」
そんな俺の反応を他所に、ジュードはまるでそんな事が言いたかったんじゃない…と言うようにして片手を頭に乗せている。
(全く…僕は何を言っているんだ…。言うべき事が違うだろう…。)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「でぇ〜?ケイトちゃんはどう思ってんのさ〜…。」
女湯ではルイーザがこの時を待っていたと言わんばかりに、予めストックしていた質問をケイトに向かって乱れ打ちしている。
「あ、いや…どうってか……なんだろ…。わっかんない…。」
ケイトは頼りない声で質問に答えながら、照れ隠しのように手のひらにすくったお湯をゆっくりと肩に掛けている。
「う〜ん…あのね、私ら一回すっっっごいくだらない事で喧嘩しちゃったんだけどね…それからかな…あの子の事、なんかほっとけなくなっちゃって…。」
「ふぅ〜ん。まあ坊やはちょっと危なっかしい所ありそうだからねぇ。」
ルイーザは背もたれにしている湯船の端に両腕を大胆に乗せている。
「まぁ…危なっかしいというかさ、心配しても大丈夫しか言わないし、弱音吐かないし、一人で突っ走るところあるから。今は色々あってちゃんと周りを見れるようにはなってきてると思うけど…何となく昔の自分見てるみたいで…。」
「ねぇルイーザ…、絶対好きって明確には言いきれないのよ…でも気になるしほっとけないし、気がついたらあの子のこと考えてるの…これも好きって気持ちに含まれるのかな…?」
ルイーザはきりっとした鋭い表情で、確信を持った答えを確かめるようにケイトに告げた。
「ケイトちゃんさ───」
「もしかして恋愛した事ないの?」
─4─
───翌朝。
俺は少し早めに起床していた。理由は一つ。
(朝風呂だ…!)
本当はレーベの宿に泊まった時にできれば良かったのだが、あの時は色々あって入れなかったので、今回はそのリベンジである。
うちの父は温泉とサウナが大好きで、小学生の頃からどこかのホテルや旅館に宿泊した時は父に連れられて朝風呂に入っていた。特に朝から入る露天は格別で、初めて入った時から頭が冴え渡るような爽快感の虜になっていた。
「ふわぁ〜……はぁ〜。」
俺はゆっくりと伸びをしながら大あくびをし、流れるように昨日と同じ浴場へ入っていった。
脱衣所で備え付けの寝間着を脱ぐ。他に人がいないかなんとなく気になって辺りを見渡してみると、向かいのかごに同じく備え付けの寝間着が入っている。どうやら一人だけ中にいるようだ。
(この世界には俺以外にもいるのか…朝風呂の魅力を知ってる人が…)
気の知れていない人間に対して不信感を持ってしまっている俺だが、なぜか今だけは特段嫌な気はせず、どこか同志を見つけたような気持ちになって軽快に浴場の戸をスライドさせた。
───バタンッと音をたてて木製の戸が開く。
シャワーを浴びる前に大きな湯船を見た。俺と志を同じくする者は、一体どんな人物なのだろうと。
同志は俺の進入に気が付き、こちらを見た。その人物と目が合った時、俺はまるで神話のヘビに見られたのかと錯覚した。体が硬直して動かないのだ。
(やばい…こいつは絶対やばい……)
体に再三動けと危険信号を出す。それでも体は硬直して言う事を聞かない。目の前の人物は目を見開いて、まるで信じられない怪物に遭遇したかのようにこちらへ殺気を向けている。
(逃げねぇと…!!!頼む…!動けよ!!!)
腹の底から湧き上がる恐怖心、不安感に脳天まで支配されていく。このままでは間違いなく命は無い。
浴場を根城にしていたその人物が動きを見せた時、ようやく俺の足の硬直が解かれたが、目の前のケイトが既に攻撃態勢に入っていた時点でもう何もかもが遅かった。
「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
魔眼の魔女は己が身を隠すものを持ち合わせておらず、何とかして自分の腕と足を用いて体を隠しながら近くにあった桶を俺に向かってぶん投げた。
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