処遇
「ルイーザ君、あの町で一体何があったのだ。」
騎士団長フレデリカ・シュヴァリエは厳かな雰囲気でしっかりとルイーザを見据えた。
ルイーザはその雰囲気を保つように、ラクサの町で起こった出来事を詳細に語った。
─1─
───突如現れた、魔物の群れ。
───想定を遥かに超えたその総数は正確には測定できず。目測で百二十体。
───住民の避難完了、魔物の掃討は目前。戦局は確実に自陣営側に傾いていたと思われた矢先に現れた、不定形の影。
───一切の攻撃が通らずに徐々に追い込まれていくが、それを止めたのは突如現れた巨躯を持つ男。
───町はその男の魔法によって跡形もなく消し去られ、住民と他の騎士団員の生死及び行方は不明。
───結果、女性一名が腹を刺されて重傷。他少年一名が戦闘によって全身に裂傷を負い、同じく重症。死傷者数は不明。
ルイーザはできるだけ淡々と事実のみを伝えた。
話を聞いたフレデリカは想像を絶するその報告に少し黙ってから少しずつ言葉を紡いでいく。
「なるほど…それで、君達はその女性に助けられて、何とかここへ…。」
「はい…女性の事は我々にもわかりません。ただ町を消し飛ばした男については、彼女は禍津の分霊と呼んでいました。同じく正体については…分かりませんが…。」
「マガツノブンレイ…しかしその女性の召し物については心当たりがあるな、確か着物という、太古の昔にどこかの地方で着用されていた衣服のはずだ。和服とも呼ばれる事があるそうだな。」
ルイーザとフレデリカの会話にジュードが程よい間で入り込む。
「禍津の分霊やその着物の女性、及びあの影の正体について議論するにあたっては、我々も情報が少なすぎます。これ以上の事は私共も存じ上げないのです…。」
(ただし、ショウマを除いては。という話だが。)
ショウマの名前を今ここで出すにはまだフレデリカ・シュヴァリエという人物への信用度が低すぎる。正しい心を持った人物ではあるのだろうが、それがショウマをはじめ自分達旅の一行にとって都合が良いとは限らない。
特にショウマは存在自体が特殊過ぎる上に、自分達にとっても多数の未知によって包囲されているような存在だ。情報は小出しにするべきとジュードは判断した。
「そうですね…貴方の言う通りでしょう。この話は最後に回します。その前にルイーザ。貴女への処遇を伝えなければならない。」
ルイーザは生唾を飲んで覚悟を固めた。もちろんどんな処遇も甘んじて受けるつもりだ。
「ルイーザ、貴女は騎士としての務めを果たす上で、本来巻き込むべきでは無い人民の力を戦場に放った訳です。それが何を意味するのか、騎士なら分かりますね。」
「もちろんです。包み隠したりはしませんよ。ここにいるジュード、そして治療中のショウマ、ケイトの三名の力を借りるべく、己の責任の上で戦地投入の判断しました。」
「何故ですか?」
フレデリカの表情は読み取れない。声も平坦で責めているのかどうかも分からない。
「我々は明らかに追い詰められていました。情けない話ですが、ラクサ支部だけでは人民の命の一切を失わずに魔物だけを掃討する事は難しいと判断したのです。その上で、このジュードという男と私は旧知の仲です。彼の実力も経歴も知っている。そして彼に教えを受けていたあの二人もまた、戦局を有利に進めるにあたって必要だと判断しました。」
ルイーザは堂々と答えたが、そこからの彼女の声にはそれまでの覇気は無くなっていった。
「しかし、結果として人民の命は守る事ができず、町そのものも失ってしまいました。戦闘に参加させた三人のうち二人も重症です…。」
「全責任は私にあります…どうか相応の処遇を…。」
「お言葉ですが、騎士団長。」
ジュードが口を挟んだ。
「現場における指示、申請を出したのは彼女ですが、参加の意思を示したのは我々も同様。彼女は知りませんが、私達三人もオーレン支部長に戦闘参加の意思を伝えておりました。彼女の言う通り私と彼女は旧知の仲ですが、私共のその意向を察しての判断だった事もどうか考慮に入れてくださいますよう。」
フレデリカの兜は横にも縦にも振れることはない。
「そうですか…わかりました。ルイーザ・ナリエ。」
「…はい。」
「貴女はラクサ支部からは除名とし、ルイーザ小隊も解体とします。」
ルイーザもジュードも黙って話を聞いている。
そうだ、これでいい。騎士団に未練がないと言えば嘘になるが、ルイーザが欲していたのは罰だ。自分のとった行動の責任を取らせてもらえればそれで良かった。
「それから、本日付で貴女は当面の間本部預かりとします。」
ルイーザは少しだけ驚いた様子だった。
「いいですかルイーザ。貴女は自分を責めることしかしていませんが、それは大きな間違いですよ。確かにラクサの町は守れなかった。ですが話を聞く限り、そしてここから現場の大爆発を目撃した高台の騎士からの報告を受ける限り、此度の事案に関しては貴女一人の判断によって状況が大きく変わったとは思えません。」
「…ですが!」
反論しようとしたルイーザを他所に彼女は話を続けた。
「むしろ彼らを戦地に投入していなければ、彼らは取調室に監禁されたまま、為す術なく、生死不明のまま行方知れずになっている住民達の一人として数えられていたと、私は判断します。」
「それに、貴女方は重要な情報を持って生還した。これは非常に重要な事です。貴女方がこうして帰ってこなければ、我々は何の情報もなく、また別の市井が蹂躙されていたかもしれません。」
「ですからルイーザ、貴女には私から直接任務を与えます。禍津の分霊と呼ばれる男、男の使役していたと思われる影について調査するのです。それから可能であれば着物の女性に接触し、協力を仰ぐ事が出来れば最善でしょう。」
「それは…つまり…。」
ルイーザは口を開けたまま驚いている。ラクサの町が残っていない以上、ラクサ支部からの除名はペナルティにもなっていないし、本部預かりという明確な所属が無いとはいえ騎士団長が直々に任務を言い渡すなど傍から見ればとんでもない栄転だからだ。
「ルイーザ、本日より貴女の上長は私です。私は貴女の型に囚われない柔軟な意思決定力を高く評価します。」
ルイーザは即座に立ち上がり、敬礼をした。
「あ、ありがとうございます…!」
「此度の混乱を止められなかった当事者として、最後までその責務を全うなさい。罪の意識を感じる事は構わない。救えなかった人命を背負う事ももちろん構わない。だが、自分を責めるのは今では無いとだけ言っておきます。我々本部所属の団員も以降に関しては当事者ですから、全力で事に当たる事を約束しましょう。」
騎士団長フレデリカ・シュヴァリエは噂通りの人物だった。噂通り、この国全ての人民の安寧の為、全力を注ぐ人物だった。彼女の大局を見る目によってルイーザは救われたのだろう。
ルイーザとジュードは報告を終え、彼女に一礼してからその場を後にする。
「最後に、ルイーザ、それとジュード。」
二人はドアを開けたまま振り向いた。
「よく、生きて帰ってきてくれました。私はそれが本当に嬉しい。」
二人は再度一礼をし、その場を後にした。
─2─
───同日夕方、王都サンダリア中央大学病院
ショウマは治療を終え、強い疲労感を感じながらも昼間に比べて人気もめっきり少なくなった廊下をゆっくりと歩いていた。
ケイトの病室へ向かうためである。
ケイトは未だに目を覚ましていないと聞いている。流石は専門の大きな病院ということもあり、治癒魔法の力によってショウマの傷はおろか、ケイトの傷も既に完治しているそうだ。幸いにも応急処置が早かった為、じきに目を覚ますだろうと医者は言っていたが。
ケイトの病室の前に到着すると、たまたま定期の測定を終えた看護師が部屋から出てきたところだった。
「あら、あなたは…。」
俺はしどろもどろになりながら看護師に尋ねる。
「あ…あの…。ケイト…は…。」
「あぁ、あなたケイトさんと一緒に運ばれてきた…。」
「様子を見たいのかな…?容態も安定してるから、顔を出してあげて大丈夫よ。」
看護師が優しく答えてくれたので、俺は素早くお辞儀だけしてケイトの病室へ入っていった。
「ケイト……。」
ケイトは安らかな顔で仰向けになり、眠っている。
「俺の…せいで……俺が……何にも出来なくて……。」
ショウマの口と頬が、痙攣するように形を変えていく。耐えきれなくなった俺は涙を流しながら彼女の布団に顔を伏せた。
「ごめん……ごめん…!おれ……うぅ……こわくて……うっ……。」
ショウマは自分がシャドウと呼ばれた影によって恐怖心を植え付けられ、何も出来なくなった事を悔いていた。彼女は動けなくなった自分を庇っていたせいで、あの男にやられたのだから。
自分のせいで大切な人がこうして大怪我を負い、ぐったりと眠ってしまっている。ショウマの心は今にも崩れそうになっていた。
「ショウマぁ……。」
ハッとして俺はすぐに顔を上げた。
ケイトが、目を覚ましていた。
「ケイ…トぉ……?」
「なに…すっごい顔してる……泣いてたんでしょ……。」
ショウマは膨れ上がる感情をできるだけ押し込めながら、完治していないケイトに痛みを感じさせないよう、できるだけ丁寧に彼女を抱きしめた。
「ショウマ…心配かけたわね……ごめんね……。」
優しい声を出すケイトが、どんどん愛おしくなっていく。
ショウマは少しずつ、力の具合を確かめるようにしながら抱きしめる腕の力を強めていく。
「し、ショウマ…?」
「ごめん…今は…こうしてたい…。」
ケイトは彼を受け止めるように、ゆっくりと両腕を彼の後ろに回していく。
ケイトの吐息が耳にかかり、俺は段々と感情が盛っていくのを感じた。
「いいよ…おいで…。」
二人はその後、しばらくの間互いを抱きしめあった。
お互いの存在を肌に感じ合うようにして。
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