自責の念
「はぁ……あったかい…。」
丸い形状をした頭にいくつもの小さな穴が開いており、そこから出てくる細く暖かい水が複数集まって束を成し、疲労している体を温めていく。
うっすらと六つに割れた腹筋、日々の鍛錬が作り出した溝が刻まれている四肢からは彼女の戦う意志の強さが感じられる。
この世界に来てからというもの、ここの技術力には驚かされるばかりだ。今だって薪をくべずともジャグチを捻っただけで暖かいお湯が出てくるし、部屋中にはデンキュウが取り付けられていて、スイッチ一つ押すだけで室内が明るくなるのだから。
全身を洗い終えると、ルイーザはそれらをゆっくりと洗い流すようにしてシャワーヘッドから出るお湯を隈無く体中に浴びせていく。
(ポールのやつ、元気かな…。ちゃんとメシ食ってんのかな…。)
元の世界に残してきた仲間の事もそうだが、彼女にとっては故郷の村に残してきた弟の事が何よりも心配だった。
ルイーザがまだ八歳の頃に二人の両親が戦争で命を落としてから、彼女は弟のポールを女手一つで育ててきた。それが出来たのはもちろん村の人達の助けがあったからだが、小さな子供一人を自身の責任の元育ててきたこともあり、彼は彼女にとって弟であり息子でもあった。
蛇口を捻ってシャワーを止めると、ルイーザはシャワールームを出てタオルを取り、全体に押し当てるようにして体を拭いた。
(ジュード達についていけば、元の世界に帰る手掛かりは見つかるんだろうか…確かにあのショウマって子はあたしらとは違う感じがする、先の戦いでそれは明らかになった。)
濡れた全身を拭き終えた後、一糸まとわぬ姿のまま凛とした顔立ちから負の感情を消し去るように簡単な化粧をしてから、ルイーザは丁寧に壁に掛けておいた黒のホットパンツを履き、同じ配色のトップスに体を通した。
肩から指先までと、腹部の回りを大きく露出するその服は、恐らく男性にとっては目のやり場に困るのだろう。そういえばショウマも最初に会った時どこを見たら良いのか分かりかねて少し顔を俯かせていた。体を舐めるように見られるのは慣れているが、あんなにウブな反応をされたのはいつぶりだろうか。
(あそこまでわかりやすいとかえって可愛げがあるよねぇ…。年頃だったポールを思い出すよ。)
最後に己の服装を仕上げるようにして腰周りにマントを装着すると、ルイーザは己のスイッチを入れるように眉間に少し力を入れ、借り物の自室を後にした。
(ショウマ、ケイトちゃん、無事でいとくれよ…お姉さんもしっかり後始末してからあんた達の所に行くからさ。)
─1─
「おはよ、ジュード!」
「あぁ、おはよう。結局昨夜は眠れたのか?」
宿泊した保護施設の玄関前で集合したジュードは、明らかに寝不足な表情を誤魔化すように声にハリを乗せている。相変わらず表情は固く傍から見れば何を考えているのか分からないだろうが、ルイーザからすれば冷酷な態度の割にこの男は誰よりも仲間思いなのだ。
今も彼女に心配をかけまいと無理して虚勢を張っているのだろう。
「いやぁーもうぐっすりさ!王都の騎士様達は毎日こんな布団で寝れてるんだねぇ、ほんと羨ましくなったよ。」
ご入用の物があれば何でも仰ってくださいと言われて、化粧品と即答した時はまさか本当に出てくるとは思わなかったが、とにかくこの都はモノも人の心も相当豊からしい。
「ルイーザ、無理はするなよ。」
ジュードは化粧で隠された彼女の目の下のクマを察していた。
「あんたもね。心配なんだろ、二人のこと。」
「あの二人なら…大丈夫だ。あいつらは強い、体だけじゃなく、心もな。」
それはジュードにとって気休めや社交辞令ではなく、紛れもない本心だった。
「それなら、あたしらはあたしらの仕事をしっかりこなさなきゃね。そんで、胸張って見舞いに行こうよ。」
ラクサの騎士団に所属していたルイーザは、護衛すべき対象を護る事が出来なかった。今から騎士団本部で行う報告は責務を遂げられなかった失敗報告なのだから、彼女の処遇がどうなるかはわからない。
騎士団本部へ足を進めたルイーザの肩を支えるかのように、ジュードはしっかりと彼女の横から逸れること無く歩き始めた。
─2─
「ラクサ支部所属のルイーザ・ナリエだ。先のラクサ防衛戦の報告に参上した。」
人々の営みが始まる音で賑わっている街の喧騒を抜け、王都サンダリア騎士団本部に到着し、ルイーザが受付で要件を伝えると窓口の騎士は一瞬動きを止めたように見えたが、すぐに状況を理解して対応を始めた。
「少々お待ちを、確認して参りますので。」
王都とラクサの町は徒歩で移動すれば丸一日ほどかかる距離感だが、先の戦いで起こった爆発は高台にいた騎士からは見えていたようで、本部でも状況確認が急がれていた。その矢先にルイーザが現れたので多少中でも騒がれているのだろう。
「お待たせしました、五階の騎士団長室までお進み下さい。」
(やっぱりか…。)
それを聞いたルイーザは嫌な予感が当たったような心境で両手を腰に当てて天を仰いでいる。
ルイーザは三秒程度その体勢で固まってから意を決したように言葉を返した。
「わかった、ありがとさん。」
二人は受付を済ませると、案内された通りに階段を登り、騎士団長室を目指した。
「騎士団長直々に話を聞くという事で間違いないのだろうか。まぁ、これだけの規模で起こった事案だ。妥当なのだろうが…。」
「あぁ、にしても騎士団長か…。覚悟は決めてたけどまさか直接お目見えする事になるとはねぇ。」
「会ったことはあるのか?騎士団長に。」
ルイーザとジュードは淡々と話を続けている。
「いや、ないよ。ただまぁ噂だけはよく聞くね。魔法、剣術では右に出る者はいないとか、それに加えて団内の政治にも長けてる。総合力で言えば歴代最高峰の騎士団長なんて言われてるね。」
ルイーザは言葉を続けるが、その後の彼女の言葉を受けてジュードは胸に釘を刺されるような気持ちになった。
「団内の規律を誰よりも重んじ、民草の命を全てにおいて優先する。それが出来るものは評価されて昇進していくし、逆に己の身可愛さでそれが疎かになって、護るべき存在に傷一つ付いてしまえば、容赦なくこの場を追い出される。」
「なるほど…オーレンという男がなぜ頑なに僕達の戦地投入を拒んだのか、少しわかった気がするな。」
ジュードは背景も分からず少し失礼な事を言ったのかもしれないと、わずかだが反省した。自分に騎士としての矜恃があるように、彼にもまたそれがあったのだろう。
「そう、だからあんたらを自分の責任の元で戦いに加えた挙句、重傷者を二人も出しちまったあたしにはどんな処分が下るんだろうね。ほんと、後悔してもしきれないよ。」
彼女はどうやら二人の重症を自分の責任だと感じているようだった。ジュード達は自ら戦線に加えてくれと嘆願していた訳で、むしろ彼女に助けられたとすら思っているのだが。
重苦しい空気の中、二人は五階に到着し、目の前にある騎士団長室の表示に背筋を伸ばされた。
「悪いねジュード、ここまで付き合わせちまって。」
「気にするな。騎士時代にこういう事はやり慣れている。困ったら僕がフォローするさ。」
「おぉ〜、頼もしい〜。」
ルイーザは緊張を解すように敢えてふざけた言い方してから、スイッチを切り替えたように表情を鋭くし、ゆっくりと三回大きな両開きのドアをノックした。
「ラクサ支部所属!ルイーザ・ナリエ!他同胞一名!入ります!」
─3─
目の前に大きな長テーブルが置かれ、両脇には三人はゆとりを持って座れるであろうソファーが並んでいる。その奥で二人を待っていた人物こそが騎士団長である。
室内だと言うのに無骨な鎧と兜を身にまとっているその人物からは、感情が伝わってこないが故の威圧を感じる。
「君がルイーザか。噂には聞いているよ。最年少、最短で自分の小隊を持ったラクサのエースなのだろう。」
ジュードは一瞬だけ驚いたのと同時に自分が無意識に持っていた偏見に喝を入れた。行き過ぎた先入観は騎士として致命的だ。場合によっては命に関わるのだから。
目の前の無骨な鎧の人物から聞こえてきた声は、紛れもなく女性の声だった。
「それから…横にいるあなたは…?」
ジュードは綺麗な姿勢で彼女へ名乗った。
「申し遅れました。ジュードと名乗っている者です。」
「ほう、名乗っているか。まあ良いでしょう。」
騎士団長はゆっくりと立ち上がった。
「ルイーザ君は知っているだろうが、改めて自己紹介させて頂きます。私はフレデリカ・シュヴァリエ。この国に配置されている全騎士団の運営・統括の責任者を務めております。」
物腰の柔らかい言葉使い、丁寧な立ち振る舞いの中には、芯の通った強さを感じる。ジュードは騎士として決定的に格上の相手と対面していると感じさせられた。
「如何せん急な来訪だったもので、本来であれば他地方の統括責任者達も呼びたかったのだが、今回は私が責任をもって報告を聞こう。」
フレデリカは目の前のソファーに腰を下ろすと、ルイーザとジュードは彼女の合図に従って入口から見て左側の二席に腰を下ろした。
「では、早速だが報告を聞こうか。」
「ルイーザ君、あの町で一体何があったのだ。」
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