祭りのあと

結末


 まるで今までの出来事が全て夢であったかのように、静かな夜だ。


 血肉の臭いが充満し、周囲を叫び声と戦いの騒音で覆い尽くされていたラクサの町に比べ、今いる場所は静かすぎる程安全だった。それ故に今でもあの時に起こった出来事が夢であって欲しいと願う自分がいる。



「起きてるかい、ジュード。」


 外から声を掛けてきたルイーザの呼びかけに答え、ジュードは自室のドアを開けて彼女を招き入れた。


「まだ起きていたのか。もう日付が回った頃だろう。明日も早いんだぞ。」


 ジュードは彼女が眠れない気持ちを理解しつつ、建前のように言葉を発した。長い付き合いなので、ルイーザもその事は理解しつつ、彼女もまた建前で会話をする。



「目の下にクマつくってるやつに言われたくないねぇ。あ、タバコ吸っていいかい。」


 ルイーザは紙巻の煙草を取り出すと、指から小さな火を魔法で作りだす素振りをして尋ねている。元の世界にいた時はパイプの煙草を吸っていた彼女だったが、この世界に来てからはどうやら紙巻の煙草を吸っているようだ。ジュードもこちらの世界に来てから初めて見た代物だったが、ショウマ曰く彼の世界では一般的な煙草で、むしろパイプ式の煙草を吸う者を見たことがないと言っていた。


 これも、彼がこの世界に投影した代物なのだろう。


「許可するのは僕じゃない。この施設の管理人に聞け。」


 ジュードとルイーザが居るのは、ある組織が管理する宿舎の一室だった。彼らは先のラクサでの騒乱で奇跡のような体験をした事で何とか生き延び、腹部を刺されたことで瀕死の重症を負っていたケイトと、力の反動で身体中の皮膚がズタズタに裂けていたショウマを抱えていた所を、この施設を管理する彼らによって保護してもらっていた。


 ショウマもケイトも一旦は無事だ。二人とも今は王都の大学病院で治療を受けている。


 ルイーザが指から出した小さな火を、煙草の先につけて煙を吸う。肺に入れることなくすぐに吐き出した一吸い目の煙は、周囲にやさぐれたにおいを漂わせながら天井に到達し、やがて姿を消していった。


「あたしらを助けてくれたあの女、結局何だったのかねぇ。」


 ルイーザが煙草を再度口に加え、ゆっくりと深く吸い込んだ。


「さあな。だが、僕達は自分達が想像していた事よりずっと規模の大きいモノに巻き込まれているのかもしれんな。」


 もはや自分達が元の世界に帰ることなど二の次だと言うように、ジュードはルイーザの言葉を返した。



 ジュード達は辛うじてあの凄惨な地獄から生き残っていた訳だが、それを成し得たのはジュードの力でも、ルイーザの力でも無い。ましてや今病院で治療を受けているショウマの力でも、ケイトの力でも無い。


 ジュード達を救ったのは、神秘的な雰囲気を纏う見覚えの無い女性だった。




 ─1─



 ───ラクサの町で、漆黒を纏った男が戦いの幕を下ろしかけていた頃。


 空には既に月が顔を出しており、戦いによって明かりも消え、住民達も町から姿を消した事で辺りは終末の様相を漂わせている。



 着物を着た禍々しい殺気を放ち続ける男が作り出した魔法陣の範囲内を、黒い球体が覆った。


 男とシャドウと呼ばれた気味の悪い影は既にこの場から姿を消し、半円を描く様に辺りを覆い尽くしたその黒い球体は一瞬時間が止まったように停止してから壊滅的な爆発音を発しながら破裂した。





 ───避難できる余地は無い。全てを諦めていたジュード達だったが、黒い球体の内部では彼ら四人を保護するようにして、黄金の輝きが球体のバリアを作り出していた。


 バリアの先にいたのはキモノを着た長い黒髪の女性。壊滅的な魔法が終わりを迎えると同時に、彼女が作り出したであろう黄金の護りも徐々に姿を消していった。



 魔法の発動が終わり、周囲を囲む土煙が徐々に晴れていく。



 町その場所を目視で確認できた時、ジュードとルイーザは驚きのあまり口を開けたまま声を発する事が出来なくなった。



 ───辺りにはもう何も残されていない。町は全て、元々そこには何も無かったかのように消滅していた───



 ジュードは咄嗟にショウマに意識を向け、彼の状態を確認するが───


「あ……がッ……がはッ……あぁッ……」


 ショウマの全身が、見えない刃によって何度も切りつけられるように裂けている。このままではいづれ全身が裂けてしまうかもしれない。


 彼の無惨な姿を見て、ジュードは詠唱して発動の準備を完了させていた魔法を、使


 腹部が貫通しており、大量に出血しているケイト。


 今もなお全身が裂け続け、それがいつまで続くか分からないショウマ。


「僕は……また守れないのか……また選ばせるのか……。」


 ジュードは過去の過ちを思い出して絶望する。神様がいるのなら自分の命を犠牲にしてでも両方を救って欲しい。そう思った。


「案ずるな…将真は私が何とかする…。」


 彼らを守ってくれたキモノの女性がジュードの不安を払拭するように語りかけると、ショウマを包むようにして黄金色の輝きを彼に向けて放った。


 徐々にショウマを蝕む力の反動が鎮められていき、やがて彼の自傷は治まったが、既に負った傷の治療までは成されなかった。


「すまない…今の私ではこれが限界だ…。その娘も…私の力では救ってやる事が出来ない…。」


 ジュードは何も言わずに治癒魔法をケイトにかけた。傷は塞がり出血は止まったが、明らかに血液が不足している彼女の顔は真っ青になっている。このままでは危険だ、一刻も早く治療できる場所まで運ばなくてはならない。



 魔法に似ているが、それが魔法では無いと感覚的に理解したルイーザが、神秘的な様相をしているその女性に話しかける。


「訳わかんないことばっかりだね…ほんとに…。とりあえずこの子らを安全な場所まで連れていきたい…あんたもついて来とくれよ…。」


 ルイーザは今日一日で起こった出来事が脳内で全く整理ができておらず、何かしら知っていそうと踏んだ彼女に落ち着いてから話を聞こうとしたが、彼女の返事はノーだった。


「本当に…すまない……私は君達と共に行くことは出来ないんだ…。こうしているうちにも……。」


 二人は彼女の姿を見て息を飲んだ。段々と彼女の輪郭が消えかけている。


「これはあくまで異常事態イレギュラーだ。まさかこんなにも早く禍津まがつ分霊ぶんれい自ら接触してくるとは、想定が及ばなかった…。故に私は……本来ここで舞台に上がるべき存在では無い。私も奴同様に不完全でな……今回の顕現は長くは持たない……。」


 女性は今にも消えそうな声でこの事態の異常さを伝えているが、その詳細についてまで述べている時間は残されていない。


「私が君達を安全な場所まで送ろう…後の事は……君達に任せたい……。混乱しているだろう、私を問い詰めたいだろう……。もちろん私にも説明する義務がある…。だが、それは少年が私の話を聞く準備が出来た時だ…。どうかその時まで、彼と歩みを共にして欲しい……。」



 応急処置を終えたケイトをルイーザが抱え、力を使い果たして眠っているショウマをジュードがおぶると、直後にキモノの女性が放つ黄金色の輝きが四人を包んだ。


「行くのだ……君達を王都サンダリアまで送る…。あそこであれば二人の治療も出来よう…。」


 王都サンダリア、その都市についてルイーザは聞き覚えがあった。あそこには国の先端技術が集まっているし、医療設備も十分なはずだ。


 四人を包んだオーラがゆっくりと彼らを乗せて上昇し、動きが止まったところでキモノの女性は最後の助言を告げた。


「最後に…。次の結晶はトレガンの方へ向かえ…。クジャ遺跡に比べると少々遠くなるが…そこであれば私も多少は少年と会話出来るはずだ…。」


 ジュードはその言葉を受けて何かに気が付き、咄嗟に確認するようにして叫んだ。



「待て…!確か三つ目の結晶で記憶を見た時、ショウマは女性と会話したと言っていた!それはお前なのか!!」


 ジュードの声が彼女に届き切る事はなく、彼らの姿は黄金の輝きと共にその場から消失した。




 ─2─



 着物の女性によって救出され、周囲を三十メートル近い壁に囲まれている王都サンダリア正門付近に転移されたジュード達は、その後門番の騎士によって保護される事となる。


 彼らによってひとまずは重症のショウマとケイトは大学病院へ移送され、ジュードとルイーザも念の為検査を受けた後に騎士団が管轄している保護施設で一晩の休息を取る事となった。


 夜は既に更けているというのに、騎士団も病院の人々も自分達と同じくらい深刻な様子で親身に対応してくれていた。


 ここまでが、ラクサの町崩壊から現在までに起こった出来事だ。


 二人の容態は心配だが、ジュードとルイーザには明日やらなければならない事がある。正確にはルイーザの担当する任務になるが。



 ───町を襲った魔物の群れと、騎士団の壊滅、ラクサの町防衛失敗───


 王都サンダリア騎士団本部への、それらの報告である。





 ルイーザが部屋を出ていった後、ベッドに腰を下ろしたジュードはマントの中に隠している背中の剣を抜いた。


 彼が左手に持った剣は、柄の部分を柄頭から鍔までを細い護拳が湾曲して繋いでおり、剣身は鍔から四分の一程の部分が左右に少し出っ張っている。全体が銀色で統一されているその剣はまるで宝剣のような輝きを放っている。



 ジュードは先の行いに対して許しを乞うように、その剣に話しかけた。



「メアリー…すまない……。僕は、君を使おうとした……。」



 彼が隠すその宝剣は一体何なのか、メアリーとは何者なのか。


 苛烈を極める戦いの中、ジュードはいつか自ら彼らに話さなければならないと心の中で覚悟を固め始めていた。



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