ラクサ防衛戦④
─1─
「何…?誰よあなた…。」
まるで見えていないようにケイトの言葉を無視し、男は真っ直ぐショウマに語りかける。
「私は随分前から君の事を知っている……ここまで来るのに悠久の時を過ごすことになった…。人の世であれば瞬きをする間に過ぎていた時間だったのだろうが…君の世界では随分長く眠る事になったよ……。」
「お前……何者だよ………。」
あんなに恐ろしい影が、この男が一言口を開いただけで一瞬で手を止めた。こいつは普通じゃない。影なんて比じゃないくらいにやばい。そう思った。
「そんなに怖がる事はない……私は君に期待しているんだ……。だから見せてくれたまえよ…君がその感情に大火をつけ、その感受性を大きく広げ…感興の赴くままに力を振るう姿を見せて欲しい……。」
男は俯きながら、ずっとそうしようと画策していた事を実行に移すようにしてにやりと笑った。
「その為には…あぁ、例えば…───
───こんなものはどうだろうか…」
男の手から真っ黒な
一瞬にしてケイトの腹を突き刺した。
「え…?」
ケイトは一瞬きょとんとした。その速さ故に身体がまだ痛みを認識していないのだ。
「あ……あぁ……」
俺の腹の底から徐々に絶望感が襲い来る。頭まで絶望が上った時、ケイトは血を吐いてその場に倒れ込んだ。
「ごふっ……」
ケイトの虚ろな目が俺に向けられる。
「ショ…マ……逃げなさ……」
「ほう……我が禍津の力をその身に受けて尚、口を開く余力を残すか…。」
どうだ?男はそう尋ねてくるような表情で俺を見た。
「お前…お前が……
────────────────────
(ケイト……)
初めて宿で彼女を見た時、一気に心を持っていかれた。
(ケイト……ケイト……)
自分が戦えない中、勇敢に脅威に立ち向かっていくその姿は、明るい笑顔で俺を癒してくれた彼女とは真逆の顔をしていたけれど、力強く敵の元へ向かっていく彼女の背中は憧れる程に格好良かった。
(ケイト……ケイト…ケイト……ケイトぉ…!!!)
一緒に旅をするようになってからは彼女の強さと明るさに加え、まるで母親のようにして気遣ってくれるその包容力が、俺にとってはとても安心できた。いつ死ぬかも分からないようなこの世界で、唯一安らぎを感じられた。
(ケイト…ケイトケイトケイトぉ……!!ケイトぉぉぉ!!!!)
────────────────────
そうか。俺はケイトの事が───
ぷつり。そんな音が頭の中で小さく鳴ったのと同時に、俺は考える事を止めた。
直後、ショウマはゆっくりと立ち上がっていた。彼の理性が体を動かしているのでは無く、ただ本能だけで動いているように。
両手から瞬時に長剣が出現する。左手だけでは無い。右手にも同じ剣が握られている。
「お前だけは…絶対殺す……」
─2─
「ふふふ……ふふふ…はははは!!!」
男は一瞬で懐に入り込んで刃を体に食い込ませてきたショウマの強さに感動を覚えている。
「そうだ!それで良い!!良い!!もっと荒ぶれ!!それでこそ器に相応しい!!!」
ショウマは一言も発さず、瞬きすらもせずに高速で飛び回ってひたすらに左右の剣を交互に振るいながら男を切り刻んでいる。
男の意識が剣にのみ向かっているのを感じ取ったショウマが不意に屈んで足払いを食らわせた事で、男は体勢を崩してその場に倒れ込んだ。その隙を逃さずに右手の長剣を高速で半回転させ、逆手に持ってから男の心臓を突こうとするが、男は直前でそれを掴んでショウマの動きを停止させる。
「シャドウの正体が何なのか君にはわかるか…。薄々感じてはいるのだろう…?あれは君の記憶に刻み込まれた恐怖心、精神的苦痛…それらの感情を固めて作り出した化け物だ…。感情を継ぎ接ぎにして作り出した奴は少々存在が不安定でな…それ故に形あるものへの執着があるのだろう……。」
男が口の動きを止めたタイミングでショウマは掴まれている右手の剣を無理やり振り上げ、男を宙に投げ飛ばした。
空中へ突進する。左手の剣で斬撃を加え、そのまま背後から再度突撃しながら右手の剣で男の背中を切りつける。それを全方向からひたすら繰り返す事で、男に反撃の機会を一切与えずに一方的に攻撃を加えていく。
「ど、どういう事だい…?あれは…。」
ルイーザは自分が見ているその光景に理解が追いついていなかった。妙な男が突然湧いて現れたと思えば突然影が動きを止め、ケイトが倒れ、今はぴくりとも動かなかったショウマが一方的に男を蹂躙している。
「なぁジュード…!あの子は一体どうしたってんだ!!」
ずっと共に旅をしていたジュードですら理解が及ばず、不意に湧き出た感情をそのまま吐き出した。
「知るか!僕にもわからん…!」
ショウマは自分の剣を模した長剣を一本のみならず二本も作り出している。それに加えてあれだけの動きが出来るということは、自分の能力で武器だけでなく動きまで再現したという事だ。ただ問題は何を真似て再現しているのかという事であり、理性の欠片もない、まるで暴走する獣のように乱暴に剣を振るうような、あのような戦い方を少なくともジュードはしたことが無い。
その反応にルイーザは言葉を失い、ただ呟くことしか出来なかった。
「あんなの…あれじゃあ……」
「ただの悪魔じゃあないか……。」
ルイーザは唖然としていたが、今は足を棒にしている場合では無い。この隙にケイトを救出しなければ。そう思い直して咄嗟に戦火へ赴いた。
「くっ……」
ジュードもまた、今すべき事を明確にし、できるだけ強力な治癒魔法が発動できるよう詠唱しながらルイーザの後に続いた。
─3─
二本の剣を振るうショウマの動きは一切止まる事を許さない。
ひたすらに巨大な男を切り刻み続け、再び空中へ突き飛ばし、浮いた男に向かって更に斬撃を加え続ける。
五、六程空中で斬撃を加えたあと、ショウマは自らの左足で男を蹴り飛ばして地面へ沈めた。
「ふ……ふふふ……いいぞ……だが今のでわかった……お前の限界はそこでは無いな……。」
男はその確信を得ると、これで検証は十分と踏んだ様に勢いよく立ち上がる。
「ありがとうな……菅生将真よ……君のお陰で全てが私の思い通り進んでいる事がわかった……。」
あれだけショウマが剣による連撃を加え続けたにも関わらず、男には大した傷が残っていない。むしろ自分の望んだ以上の結果を得たことに高揚感を抱きながら、恍惚の表情を浮かべている。
「此度は一度閉幕だ…また会おう…。」
男の言葉など一切無視しているショウマは既に追撃の為に彼の真正面に切っ先を向けているが、男はそれを片手で掴むと剣ごとショウマを仲間の元へ投げ飛ばした。
地面を一度跳ね、そのまま転がり続けるが、直ぐに体勢を立て直して男の元へ突進する。
「もう良いと言っているのだ……。」
男は突撃してきたショウマの首を掴み、再度同じ場所へ投げ飛ばすと足元に魔法陣を出現させた。
ただの魔法陣では無い、街全体に広がる程の巨大な魔法陣だ。
「さらばだ……それとそこに転がる有象無象よ…これに耐えられたその時は、少年の事をくれぐれも頼むぞ……無事に私の元へ連れてこい……。」
魔法陣から黒い光が漏れ始める。徐々に勢いを強めたその光が臨界点を迎えた時、ルイーザは咄嗟にケイトを抱え、ジュードが暴走したショウマへ向けるようにして大声で叫んだ。
「飛べ!!!!建物の上だ!!!!」
全員が飛び上がったその瞬間、魔法陣の範囲内を黒い球体が覆う。
半円を描く様に辺りを覆い尽くしたその黒い球体は一瞬時間が止まったように停止し、壊滅的な爆発音を発しながら破裂した。
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