ラクサ防衛戦③


 四人は影の手によって散り散りに吹き飛ばされた。


 棍棒を杖代わりにし、何とか立ち上がって影の方を向くケイト。


 見た目はボロボロだが、まだまだ戦う余力のあるルイーザ。


 倒れることなくいつもの構えを崩さないジュード。


 三人はと戦おうと立ち上がっているというのに。


 ───恐怖に頭を抱え、縮こまり、まるで泣きじゃくる子供みたいに背中を丸めている俺の、なんと情けない事か。





 ─1─


「氷牙槍!!!八連!!!」


 ケイトは背後に円を描く様に出現させた氷の槍を時計回りに連続で影に向かって発射しているが、影には大したダメージにはなっていない。


「紅蓮の驟雨!!!」


 ルイーザは赤く燃える無数の矢を放ち、炎が轟音をあげて突進していくが、影はそれを尽く撃ち落としていく。



「黒槍憑刃!!!」


 ジュードは簡易的な黒槍を纏わせた長剣を一息に振り抜き、発生した禍々しい刃を影に向かって飛ばすが、影は直撃の寸前でそれを弾き飛ばす。



「クソッ!何をやってもまるでビクともしないよこいつ!!」


 ルイーザは苛立ちを顕にしながら目の前の恐怖に精神的に追い詰められていた。


「これは何なんだ…そもそも生き物なのか…。人の言葉を話しているとも思えんしな…。」


 ジュードはまるで泥が何とか人の形を作ろうとしている様にもがいている影の姿にとても生気を感じられなかった。話す言葉も支離滅裂で聞き取れない。漠然とした不気味さをひしひしと感じていた。


「なんなのよ…うねうねして気持ち悪い…!!!」


 ケイトもまた、影の気味悪さと攻略法の見えない戦いに絶望しかけていた上に、吹き飛ばされたまま動きのないショウマの事が気になって戦いに集中出来ていない。


「ショウマ…無事なのよね…?」


「ヨわい……よワイ……でも…ぜんブほしイ!!!!!!!!」


 影は強欲の限りを尽くすように、黒くて紙のように薄い手を無造作に振りかざすようにして三人へ襲いかかる。



「水泡壁…あぁッ!!!!!」


 ケイトが咄嗟に水の壁で防御を図ろうとしたが、それもまるで薄氷を割るように簡単に壊されてしまう。


 衝撃で飛ばされたケイトが地面に転がっていく所を、影は容赦なく追撃した。


「ゥア ア ア ア ア ア !」


「ごへっ…………」


 黒い手がケイトの腹部に直撃して後方へ弾く。二回、三回…そして四回と、ケイトが地面をバウンドしていく。



「ケイトォ!!!」


 ジュードが叫ぶ。このままでは本当に全員死んでしまう。自分たちどころか町ごと全てだ。


 ジュードは強く歯を食いしばり、出血するほどに強く目に力を込め、マントの下に隠すようにして背中に刺していたに手をかける。


(もう……これしか……)


「メアリー…すまない……。」


 手にかけた三本目の剣を使うこと。それはジュードにとって本当の意味で最後の手段だった。きっとショウマはこれの意味するところを知っているのだろう、彼は何故か自分の事をよく知っているから。だが理由を敢えて聞くことはしていないのは、彼が自分のについて一切尋ねてこないからであり、その代わりとしてジュードは彼が詰められたくなさそうな決定的な質問をしてこなかった。



 ジュードはゆっくりと三本目の剣を抜く動作をする。心にはまだ迷いがあり、その勢いはとても弱々しい。




 ─2─


「はぁ…はぁ…うぅっ……あぁ……。」



 三人が必死に戦っている中、相変わらず俺はその場でうずくまって怯えていた。



 背後の民家は俺が影に吹き飛ばされた時に破壊してしまったせいで、中が丸見えになっている。人はいない。無事に避難できたのだろう。


 まぁ、避難できたとしても、このままでは影に街ごと破壊されてしまいそうなのだが。


 怯える俺の前に、影の手によって攻撃を受けた何者かが転がってきて、蚊の鳴くような声で俺に話しかけてきた。


「ショウ…マ…、大丈夫なの…?」


 ケイトは偶然にもショウマの前まで転がされ、怯えて体を丸めている彼の身を案じるが、ショウマはぶるぶると震えるだけで一切の反応を示さない。一体どうしたというのだろう。少なくとも彼女が知るこの少年は、臆病だけど戦えなくなるほど怯えて動かなくなることは無いはずだ。どんなに怖くても、何もしないでその場から逃げたりしないはずだ。



 二人の背後では、影とジュード、ルイーザが交戦している。戦局は最悪だ、二人とも一方的に攻撃されてますます体力を消耗していっている。



「ショウマ……逃げて……」


 この戦いに恐らく勝利は無い。ならばせめてこの子だけは生きていて欲しい。生きて、自分の目的を果たして、堂々と自分の居場所に帰って欲しい。


「……ね?」


 ケイトは怯えるショウマを落ち着かせようと、出来るだけ穏やかに見えるように、精一杯の笑顔をショウマに向けた。


「キョォォォォォォォォ!!!!!!」


 突然耳を塞ぎたくなるような高音を発した影が、まるで孔雀の羽のようにその手を広げると、街全体を覆い尽くすようにして襲いかかった。


「…あっ………は……!?」


 音だけを漏らすように俺が声を発したのは、ケイトが俺を庇うようにして背を向けたからだ。


 ───に げ て


 ケイトがこちらを向いて、そう言った。少なくとも口はそう動いていたように見える。



「そこまでだ…………。」



 突然聞こえた低い声に反応し、影が動きを止めた。


 一瞬にして影の手は自分の元へと引っ込んでいき、そのまま完全に静止する。動かなくなった影は、もはやただの気味の悪い置物のようだ。



 突如現れたその大男は、ゆっくりと地面に着地し、ショウマの前に立った。



「やあ…君は私を見るのは初めてだったかな……。」



 癖のある黒髪を腰まで伸ばし、口元には威厳を感じさせる髭を蓄えている。


 黒い着物のような服を着る大男の姿に、ケイトもショウマも言い表せない威圧感と畏怖の念を禁じ得なかった。




─3─


(そろそろか…)


まるで全ての星を失った宇宙のように真っ暗な闇の中で、一つだけ光る星のような場所。


(あやつが自ら動いた以上…多少の危険があっても私が止めなければ…)


ほの暗く赤い光を、まるで心臓の鼓動のように点滅させるその球体の中には、一切のねじれの無い、綺麗な黒髪を腰の辺りまで伸ばした美しい女性が着物を纏って佇んでいる。



(将真…そして彼の描いた者達よ…あと少しだけ耐えてくれ……)



───彼の凶行は、私が食い止めよう。


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