二の記憶 -慢心-


「次の結晶がある場所までは…あぁ、少し遠いな。しばらく歩くことになるが、道中に寄れるような町は無い。今日はこの辺りで野宿にするが、心得はあるか?」


 ジュードはマントの中に手を回し、右腰の付近に提げているポーチから地図を取り出すと、次の目的地までのルートを確かめるようにして俺に確認した。


 マントが彼の右手で少しめくられた時、俺はその背中に一本の剣が隠されるようにしまってあったのを目撃し、その剣に意識を持っていかれつつも彼の言葉に返答した。



「あぁ〜…キャンプとかはよく家族で行ってたかな…!」


 ジュードは言っている意味がよく分からないという表情を浮かべつつも、言葉のニュアンスから大方の温度感を感じ取ったようだ。


「……僕の剣を貸してやるから、適当な薪を集めてきてくれ…。魔物が出たらすぐにこちらに戻ってこい。間違ってもそれで戦おうなんて真似はするなよ。」


 ジュードは右腰にさしているいつも左手で扱っている長剣を俺に渡してきた。自分の身の安全を心配してくれたようで、俺はその言葉に安心感を覚えつつも少し緊張した面持ちで答えた。


「あ、うん!そんじゃちょっと行ってくるわ。」




 ─1─


 ショウマが薪を集めに出かけ、一人で野営の準備をしながらジュードは考え事をしていた。


(あの少年が僕をこの世界に呼び出したとして、何故彼は僕の名前を知っている…。同じ世界から来たわけじゃないことは分かるが、だとしたら奴は何者だ。そもそも何故僕をここに呼んだ…。)


 ジュードは当然まだショウマの事を完全に理解、信用出来た訳では無い。あくまでこの世界からの脱出に向けての大きな手がかりになると踏んで協力しているに過ぎなかった。


 だが、戦う力も恐らく持ち合わせていないだろうし、彼の体つきや目を見てもわかる。彼は一度も生き物を殺めたことはないのだろう。ジュードは彼のそういうを信用して旅を始めたのだ。


(聞きたいことは山ほどあるが、まずは奴にあの結晶を全て見させてからだな。)



 ────────────────────


 一方、薪を集める為、ショウマはジュードの剣を抱えながら少し逃げるようにして小走りで彼の元を離れていた。


(はぁ…なんだろう、何となく怖いんだよなぁ…ジュード。)


 ショウマはジュードの自分を見る目が少し怖かった。疑われているような、信用されていないような。


(それだけじゃない…ジュードが俺の事をどう思ってるのかわからない…。戦えもしないし、ずっと後ろをくっついてってるだけだしな…。)


 足手まとい。旅を初めてまだ一日と数時間だが、既にそう思われていそうで怖かった。今の自分にできることなんてこうやって頼まれて薪を集めることくらいなのだから。


(あぁ……なんでこんなに人といるだけで胸が苦しくなるんだろう…。)


 この世界に来てから、ショウマは今までと違って一人でいる方が気楽になっている己の心境に言い表せない不安を抱えていた。



(そういえば、ジュードが腰に手を回した時に見えたあの剣…。)


 ショウマは彼が隠すように背中にしまっている剣の正体を知っている。


 それはショウマの遊んでいたゲームで、彼と仲間との間に起こった決定的な確執の原因になった、物語のキーとなるアイテムだからだ。



 ───あれは…ジュードの…。


 ショウマとジュード、彼らはお互いに言えない秘密を抱えていた。




 ─2─


 ───野宿を終え、旅を再開してから約三日。



 俺達は相変わらず田畑と草原に囲まれた街道沿いを歩いていたが、目的のその結晶は何にも隠されること無く堂々と街道沿いにその姿を現した。


 一つ目の時と同様、その周りには同じように魔物が待機している。ジュードが確認した限りだと、結晶の周りには必ず魔物がいるのだそうだ。


 俺は何も出来ないのにも関わらず何かしようと構えるが、即座にジュードによって制止され、彼はその場で長剣一本だけを取り出して構える。


「五体か、先日よりも多いな。ならさっさと仕留めてしまおう。」


 ジュードが剣を真っ直ぐに天へと掲げると、彼の足元に紫色に光る無数の模様が刻まれた円陣が発生した。


「紫電の刃よ、敵を討て…。」


 ジュードが何かを呟いている。俺はそれを聞いて彼が何をしているのかすぐに分かった。


 詠唱だ。ジュードは魔法を使おうとしている。この短い詠唱文には覚えがある。恐らく雷撃を発射する中級魔法だ。


魔法は大きくわけて『初級』『中級』『上級』の三つに分類される。俺もゲームではボタンを押して使っていただけなので詳しい原理は知らないが、中級以上の魔法になると専門的な知識に加え、相当な鍛錬と才覚が必要になるらしい。


ちなみにジュードが岩の巨人を倒した時に使った魔法『黒槍』は、紛れもない上級魔法である。



 ジュードは詠唱を終えると、魔物に照準を向けるようにして剣を奴らの方へ向け、発動準備を終えた魔法を放った。


「ヴォルト・エッジ。」


 ジュードの頭上に電気で出来た紫色の球体が発生すると、そこから魔物に向かって雷が落ちるように数発の雷撃が放たれた。



 強い雷鳴を轟かせながら電撃を食らった魔物達が、感電しながら声にならない音を口から出し、徐々に焦げていく。


 複数いた魔物は全て同時に息を引き取っていった。圧倒される俺を他所に、やがて静かになった結晶周辺の安全をジュードが確認すると、彼は手招きをして俺を先導し、結晶へと近づいた。


「よ、よし、触ってみる…。」


 俺達は以前と同じようにその結晶に触れてみる。


 ────────────────────



 2010年8月7日


(ここは…テニスコートだ。)


 試合の相手は県大会常連のペア…そうだ思い出した。これは四か月前のオープン戦で俺達菅生瀬川ペアが強豪校の選手と当たった時の記憶だ。


 格上の相手と当たる事になり、俺と瀬川は燃えていた。普通に考えればまず勝てないだろう。なら些細な事は考えずに思い切りやろうと瀬川と話していた。


 試合の流れは大方の予想を大胆に裏切り、無名の俺達は善戦した。ファイナルゲームまで持ち込むことに成功した俺達は、一進一退の攻防を繰り広げ───


 激戦の末、勝ってしまった。


 誰も予想していなかった結果に、俺達は大きく湧いた。この頃からだ、俺達菅生瀬川ペアが注目され始めたのは。


 清央中の戦績は、俺達が見事にベスト16まで上り詰めた一方、他のペアはほとんど一回戦落ちという結果で幕を閉じた。


 一回戦で敗退したのはエースである都田と齋藤のペアも例外では無い。


(そういえばこの頃からだったな、都田の調子が悪くなり始めたの。)



 試合が終わり、清央中の待機スペースに戻ってきた俺達は予想外の成績に歓喜していた。


「将ちゃん…!これはキテるぜ!俺達の時代…!!」


 瀬川の言葉に俺の興奮はさらにボルテージを上げていく。


「あぁ…俺達がトップだ───


 俺達が!!うちのトップだァ!!!!」



 俺は歓喜の叫びを上げた。


 それを聞いた都田は、この時どう思っていたのだろう。


 一度足りとも崩される事の無かった自分のエースの座が、大きく脅かされることになったのだ。


 きっと内心穏やかではなかったと思う。


 ────────────────────



 記憶の再生が終わり、俺の意識が元の場所へと戻ってくる。


(何だろうな…記憶を見れば見るほど、自分の見たくない部分が見えてきちまう。)


(もしかしたら…俺が悪いのかな……。)


(やっぱり、俺が自己中で、身勝手で、自分の事しか考えて無いのが…)


 こういう些細な出来事が積み重なった結果が今の状況なのか、それともこういう性格故にとんでもない、決定的な何かを起こしてしまっていたのか。



 俺は段々と自分の記憶を見るのが怖くなってきていた。

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