魔法少女と虚ろな男


「さあ…やるわよ……宿屋の修繕費、しっかり請求させてもらうからね……!」




 ─1─


 目を覚ました俺は宿屋のお姉さんに呼びかけられ、何とか体を起こして上空を見る。あいつに動きは無い。


 宿屋のお姉さんは自分の身長ほどもある棍棒を持って構えている。完全に臨戦態勢だ。俺は彼女がどの程度戦えるのか知らなかったが、自分たちが落下時に負傷を負っていない事から、ある可能性を信じて彼女に質問をした。


「あの、お姉さん…もしかして魔法使えたりしますか…?」


 お姉さんは一瞬黙ってから言葉を返す。


「使えますよ…あなた達を落下から保護したのも私の水系魔法ですから。それと、私の名前はケイトです。」


 ケイトと名乗った宿屋のお姉さんは、何となく不満げな気配を発している気がする。表情を確認していないので分からないが…。


 俺は彼女に名乗り返して再び標的がいるはずの方向を見る。


 その時、上空で動きがあった。俺達の部屋からスーツの男が平行移動しながら姿を現す。彼は宙に浮いたままその場で静止した。


 ケイトは上空を睨みつけ、標的に向かって怒りをぶつけた。


「お前か……うちの宿ぶっ壊したの……絶対許さない…必ず弁償させる!!!」


 今度のは確実に怒っていた。顔を見なくてもはっきりわかる。


 ケイトは棍棒を握り直すと足元に魔法陣を出現させる。ジュードのものとは違い、鮮やかな水色をしている。


 彼女は棍棒の先から複数の水の球を作り出し、そのまま何度も上空にいるスーツの男へ発射した。


 スーツの男はそれをもろともせずに下降しながら全て避けてみせ、そのまま地面に着地した。


 直後、彼は俺の方を虚ろな目で睨みつける。


(やべぇ…やられる……!)


 男の拳が、俺の方へ伸びてくる。俺は咄嗟に身を守ろうとして両腕で防御し、背中を丸めて体を硬直させる。


「うッ…!」


 また吹っ飛ばされる…そう思ったが、俺の身には何も起こらなかった。恐る恐る目を開けると、目の前にあったのは水色の魔法陣。ケイトが守ってくれたようだ。


「戦えないなら下がってて!!!」


 ケイトの怒鳴り声に萎縮した俺は何も言えずに後ずさりし、十分な距離を取った。


 ケイトとスーツの男の一騎打ちが始まった。




 ─2─


 棍棒の先から連続で射出された水球をスーツの男は最小限の動きで避け続け、猛スピードでケイトの元へ近寄っていく。間合いに入った瞬間、男は勢いを殺さないようにしてそのままケイトへ拳を打ち込んでいくが、彼女は先程俺を守ってくれたようにして魔法陣を発生させて攻撃を防御している。


 ケイトは強かった。ここに来るまでに疲労でボロボロになっていたとはいえ、あのジュードすら退けたあの男とほぼ互角に渡り合っている。


 だが、このままだと恐らくケイトは勝てない。


 彼女の作り出す魔法陣の光が、少しずつ弱くなっている。


(やべぇ、あれって魔力切れが近いんじゃないか…)


 俺は知っていた。魔法を使うには魔力が要る。そしてその力は有限である事も。


 俺はジュードが戦う所をいつも見ていたからわかる。彼には魔法を使った戦闘の後、欠かさず行っていた行動があった。


 ───『集中して、呼吸を整え…腹の底から気高めるようにするんだ。』


 彼はそう言って魔力を回復させていたのだ。しかし、戦闘中ではその回復行動を取ることが出来ない。少なくとも一人で戦っている今の状況では…。


 だから、俺が何とかして戦う必要がある。


 ずっとやられっぱなし、守られっぱなし。さっきだって彼女の足手まといになった。


 この状況をなんとかする術が一つだけあるかもしれない。


 俺は集中した。大得意の集中だ。




 ─3─


(あぁ…これまっずいなぁ。)


 ケイトは戦いながら、今の状況の深刻さを噛み締めていた。


 ケイトは魔力切れが近かった。魔法の道から離れてもうすぐ二年程になるだろうか。このブランクのせいで魔力伝導率がかなり落ちてしまっている。


 元・魔法使いの卵であったケイトから見て何よりも恐ろしかったのは、彼の攻撃は直接的に魔法を使用した攻撃では無い事だった。


 彼が作り出す拳の風圧は、拳を突き出した衝撃で作りだしている。身体強化系の魔法を使っている可能性はまだ残されているが、身体強化系は直接攻撃するような魔法よりもずっと魔力消費が少ない。だからこのままだと先に魔力切れを起こすのは間違いなく自分の方だ。



(私も落ちたなぁ…ほんっと嫌になっちゃう。)



 魔法という物は行使するのに一定の才能が要る。簡単な魔法であれば練習する事で誰でも使えるようになるが、ケイトが使っているような中級魔法や、スーツの男が使っている身体強化系の魔法は専門的な訓練と才能が必要だ。ましてや彼女のように魔力を魔法として形にする為の『詠唱』を完全にスキップして発動するのは、才能に加えて相当な練習が必要になるテクニックだった。


 そう、ケイトには魔法の才能があった。多くの者が魔法使いの家系として生まれてきたり、富豪が腕の良い教師を雇って、はじめて合格できるような王都の魔法学校に、彼女は独学で合格を果たしていた。当時はとんでもない天才が入ってきたと話題になった程だった。


 しかし、彼女は家の都合により志半ばで魔法の道を諦めることになった。家業を継ぐ事が嫌だった訳じゃない。街の人達はみんな優しかったし、仕事にやりがいも感じ始めていた。だからここで働くうちに少しずつ、魔法の道への心残りは無くなっていった。


 だが、あのスーツの男が現れた時、ケイトの中に眠っていた魔法への情熱が叩き起されてしまった。胸に火がつくような感覚だ。


 だが、その直後ショウマと名乗る少年は私に言った。「お姉さん、もしかして魔法使えたりしますか…」と。その時に思ってしまった。あぁそうか、私はもう───


(私はもう、魔法使いでもなんでもない。ただの…)


 一瞬力が緩んだ。


 その緩みが、勝敗を決してしまった。


 スーツの男の拳がケイトの腹部を捉える。風圧は発生していない。


「ごふっ……」


 意図しない声がケイトの口から漏れ出る。


 攻撃をもろに食らった痛みで思わずその場にうずくまってしまう。体が動かない。それを見たスーツの男は、勝利を確信したように口を開いた。


「お見事でした。しかし、私の本気を引き出すには、少々魔力が足りませんでしたね。」


 ケイトはその言葉を聞いて戦意を喪失した。


(本気じゃない…ですか。あぁ…そうですか…。)


「せめて、貴女が未練なく逝けるよう、私の名前を記憶に刻みなさい。」


 男は表情一つ変えることなく、彼女に向かって己の名を告げた。


「ソウダ・リュウゲン。それが貴女を倒した者の名です。」


 ケイトは全てを諦めたかのような表情を浮かべ、その時を待った。


(あぁ…絶対忘れないわ……変わった名前だもの…)



 リュウゲンの拳から放たれた風圧が、ケイトに直撃した。



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