心の覚醒
リュウゲンが放った拳の風圧がケイトに直撃した。
ケイトは宿屋と反対方向に吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。
「後は、君だけですね。」
リュウゲンと名乗ったその男が、俺に少しずつ近づいてくる。
俺はケイトの容態への心配と、また何も出来ずに突っ立っているしか無かった悔しさ、じりじりとこちらへ寄ってくるリュウゲンへの恐怖で感情がぐちゃぐちゃになっていた。
それでも俺は集中する事を止めない。
俺は先程からずっと、集中して、呼吸を整え
───イメージをしていた。
左手の長剣、右手で逆手に持つ短剣。剣と魔法を織り交ぜながら、舞うように戦うその姿を。
リュウゲンが俺の目の前までやってくる。彼は情けをかけるようにして声を発した。
「恐怖で動けなくなりましたか。」
俺はその言葉に反応を示さない。俺の意識はもう、ほとんど自分の頭の中に向かっていた。
「この後君がどうなるのかは、私も知りません。この世界で殺された君の意識がどこへ向かうのか。それは私にも分からない。」
俺はできるだけ時間を稼ごうとして、敢えて彼の言葉に反応した。
「でも俺を殺せば体は乗っ取れるって分かるんだな。」
「それだけは分かるんですよ、あの方がおっしゃっていた事の根拠は確認していないのですが。」
頭の中がまとまっていく。あぁ、俺も根拠は無い。でも今やろうとしていることが可能だという事は感覚的にわかってきた。
リュウゲンは最後の情けを俺にかけた。
「何か、言い残すことはありますか。」
準備完了だ。あとは成功することを祈るだけ。
「ねぇよ。」
そう言った俺の様子を見て、ずっと無表情だったリュウゲンの声色が僅かに変わる。
「君、笑っているのですか…?この状況で…?」
俺は笑っていた。何とかなるという確信を持てた笑いだ。
「お前さ、ここがどこだと思ってる?」
俺はリュウゲンに向かって、彼を刺すように叫んだ。
「ここは…俺の夢の中だぜ!!!」
その瞬間、俺はずっと腹の底に押さえ込んでいた感情を全て放出するようにして、頭の中でずっと繰り返しイメージしていたものを吐き出した。
バチバチと音を立てながら、俺の両手から光が発生する。
やがてその光は少しずつ勢いを弱め、同時に俺の両手にはイメージしていた対の剣が出現した。
警戒したリュウゲンが突進してくる。拳から風圧を発生させる構えだ。俺は彼が打ち込んできた拳を避けるでも、防御するでもなく、作り上げた左手の長剣を彼の拳に思い切り振り下ろした。
リュウゲンは攻撃を攻撃で返された事に明らかに動揺しているが、手を止めることなく二発目、三発目を繰り出してくる。俺はそれも全て剣による攻撃で返す。
拳と剣が、何度もぶつかり合う。連続でぶつかり合う両者の攻撃で先に隙を見せたのはリュウゲンだった。
体はまるで自動で動くようにして、俺の次の動きを作り出していく。その戦い方はジュードそのものだ。
拳を下方向に弾かれたことで、彼は少し体勢を崩す。俺はその隙を付いて二対の剣を横薙ぎに振った。
「うぉぉぉぉ!!」
剣は完全にリュウゲンを捉えていたが、彼に決定的なダメージを与えるには至らない。鉄と鉄がぶつかり合うような音を立てて弾かれる。
一通りの攻撃を終えて、リュウゲンは一旦後方へ距離を置いた。
「何ですか…それは…?」
明らかに瞳孔が開き、動揺しているリュウゲンに俺は自信満々で答えた。
「言ったろ、ここは俺の夢ん中だ。だからイメージしてみたんだよ。俺が知ってる限りの最高のキャラクターに成り切るイメージを。」
俺は、ジュードの剣と戦い方をイメージし、再現することに成功していた。
─2─
「ん…うぅ…」
ケイトは体を起こすのと同時に、自分が生きている事に驚いた。あのリュウゲンという男の容赦無い攻撃から、確実に自分は仕留められると思っていたからだ。
少し離れたところで誰かが戦っている。ジュードという男は気絶したままのようだ。だとしたら誰が戦っているのだろうか。
ケイトは聞こえてくる戦いの音の発生源を確認して驚いた。戦っているのは、先程自分が守っていたショウマという少年だったからだ。
「あの子…あんなに強かったの…?しかもあれって複製魔法じゃ……。」
複製魔法とはその名の通り、自分が見た事のある物を再現する事ができる魔法である。様々な物に応用できるので汎用性は高いがその分習得難易度は恐ろしく高い類の魔法だった。少なくともケイトは複製魔法を使える人物に心当たりは一人もいない。
だからこそ驚いた。戦えないと思っていた少年が、まともに使える人を聞いた事が無いような高度な魔法を駆使して戦っている。
(これは…もう少し頑張ってもいいのかな…)
ショウマの戦いを見て、ケイトは失った戦意を取り戻し、立ち上がる。魔力は残り少ないが牽制くらいなら。
ケイトは水球を作り出し、離れているリュウゲンに向かって三発打ち込むが、それも全て察知され防がれてしまう。だが少年の好機を作り出すには十分だ。
ショウマはその機を逃さず、もう一度両手にそれぞれ握った剣をリュウゲンに向かって振り下ろしたが、結果は先程と同じ───
「硬ぇな…あんた…。」
この男に刃が届いても、まるでダメージになる気がしない。全身が鉄のように硬いのだ。
その様子を、ケイトは見逃さなかった。間違いない、あの男が使っているのは身体強化系魔法だ。彼の力の謎が解けた事で自分が今生きている理由も同時に理解出来た。
二対一の状況になり、流石のリュウゲンにも焦りが見える。何より自分がとどめを刺したはずの───
「私が生きてるのが不思議って感じかしら!?」
ケイトは近づきながら堂々と説明を始める。
「それ、身体強化系魔法でしょ。あなた、気づかないうちに消耗してるのよ。私とあのジュードって男、それからショウマを連続で相手するには、すこーし魔力が足りなかったんじゃない?
ケイトの煽りにリュウゲンが即座に反応を返す。
「そんな筈は無い、私が自分の魔力消費をコントロール出来ていないなどという事が…。」
───そのまさかだよ。
聞き覚えのある声が、周囲に響き渡った。俺はその声をなんだか久々に聞いた気がする。
「ジュード…!」
─3─
ジュードは左手に俺と同じ剣を握り、それを頭上に掲げたまま話を続ける。
「お前が僕を襲撃した時、ある魔法をかけさせてもらった。吸収魔法という奴だ。これは対象者から術者へ徐々に魔力を移動する魔法なんだが、如何せん時間がかかるものでな。ちまちまと吸い取るものだから、とても一対一では使い物にならん。」
「だから僕は賭けたんだ。そこの少年にな。」
ジュードは戦闘と旅の疲労でボロボロになっている今の状況では、この男には勝てないと判断していた。だから一か八か時間を稼ぐ選択肢をとった。レーベは有数の宿場町、旅人が大勢集まるこの街なら、ショウマが逃げ続けて時間さえ稼いでくれれば勝機はあると踏んでいた。
まさか、加勢に来るのが宿屋の看板娘で、しかもショウマ自身が戦えるようになるとは微塵も思わなかったが…。
リュウゲンの額から頬へ汗が伝う。相変わらず無表情だが、明らかに疲労が溜まってきている。彼が口開いて何かを言いかけたが、それを遮る形でジュードは上空に巨大な紫色の魔法陣を発生させる。
ショウマはそれを見て高揚した。あれは、俺を岩の巨人から守ってくれた魔法だ。
ケイトはそれを見て驚愕した。間違いなく目の前で発動しているのは上級魔法だ。ケイトが見たのはそれが二度目。もう一人は自分の恩師、それ以外の人間で使用しているのは見た事がない。
魔法陣から巨大な紫色の槍が出現する。
ジュードはそれを掴むようにして、上空へ飛び上がると、静かにその技の名を呼んだ。
「黒槍…!」
ジュードが放った黒槍は、禍々しい殺気を放ちながら、地上のリュウゲンの元へ猛スピードで突進した。
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