埋葬
「言葉のままの意味ですよ。君の体は私が貰います。」
─1─
スーツの男が放つ言葉の意味が理解できない。いや、正確には言葉の意味は理解できるが、その内容を一切理解できない。
俺はしばらく唖然として考え、そうして絞り出すように出てきた言葉はなんの取りとめもない一言だった
「どういう…事だ…。」
スーツの男はその言葉に返すこと無く、握りしめた拳を突き出す。拳からは強烈な風圧が発生し、玄関の周りにあった家財を吹き飛ばしていく。
「うわっ…!!?」
スーツの男が放った攻撃の直撃を運良く避けられた俺は、その隙をついて窓側で横たわっているジュードの元へ走る。
「ほう…今のを避けますか。」
「ジュード!!頼む!目覚ましてくれ!!頼む!!!」
俺は必死でジュードに呼びかけた。情けないが俺ではどうすることも出来ない。ジュードだけが頼みの綱だ。
ジュードは呼びかけに応えること無く、変わらず横たわったまま静止している。
スーツの男は容赦なく攻撃を続けた。
二発、三発…立て続けに空を殴るようにして拳を突き出し、風圧を発生させる。部屋の中に破壊音が連続して響き、辺りがめちゃくちゃになっていく。
そして、五発目。強烈な風の弾がジュードを庇うようにした俺の背面に直撃し───
「かはっ…」
俺達は窓の外に放り出された。
─2─
───宙を舞う。
このままだと俺は落下して死ぬか、落下を待たずしてあのスーツの男の追撃を受けて死ぬかのどちらかだろう。俺達の部屋があるのは宿屋の三階だ。落ちればタダでは済まない。
何よりも恐ろしかったのは、彼の攻撃手段だ。彼は拳を突き出した時に発生した風圧だけで攻撃している。ジュードの使う魔法を見ている限り、スーツの男の攻撃手段は魔法ではない気がしていた。
(あぁ、ここに来てからこんなんばっかだなぁ。)
最初は岩の巨人に襲われた時、何も出来ずにぺしゃんこになるまでもう少し。
記憶の結晶で魔物と遭遇した時もそうだ。ジュードと魔物の群れが戦っているのを見て、俺はただそこにいることしか出来なかった。慌てて何かできないかと必死に目を動かしたり、手足を小刻みに動かすが、状況には何も影響しない。
いつもこうじゃないか。自分が何も出来ないところで、何も知らないまま追い詰められていく。
(ふざけんなよ…こんなんおかしいだろ…)
歯の根が歯肉を突き破る程に歯を食いしばってから叫んだ。
「お前らここが!!どこだと思ってんだよ!!」
心からの叫びだったので、本音だったのだろう。ここは俺の夢の中の世界ではなかったのか。なのにどうして俺が殺されそうになっているんだ。
心からの叫びも虚しく、俺とジュードはそのまま地面に落下した。
─2─
目が覚めた。
ここはどこだろうか、少なくとも宿屋で宿泊している自室では無い。目の前にあるのは、白い天井だろうか───
俺は、目を覚ますと病院のベッドの上にいた。
「将ちゃん…?将ちゃんが目覚ましたぞ!!!!」
俺が寝ている横で飛び上がって喜んでいるのは、部活で俺のペアである瀬川だった。
「菅生…!?良かった……菅生ぉ!!!!」
次に聞こえてきた声は、落合だ。彼は顔を伏して泣きながら俺の覚醒に安堵している様子だった。
「菅生!!やった!!菅生無事だ!!」
次に聞こえてきた声は齋藤だ。もしかしてと思い寝たままの体勢で視線を動かすと、俺が寝ている病室には結構な人数がいる。
(皆、お見舞いに来てくれたんか…。ていうか、俺どうなったんだ…。)
「あ…落合…俺どうしたの…。」
俺は一番近くにいた落合に状況を聞いてみる。
「お前…学校の三階から落ちて…それで……ッ」
落合は先程よりは落ち着いた様子で俺の質問に答えてくれたが、段々と声量が落ちていき、音量がゼロになるのと同時に先程よりも激しく泣き始めた。
俺は体を少し起こしてから改めて周りを見渡してみる。
瀬川は相変わらず飛び跳ねており、齋藤は腰に手を当てながらうんうんと頷く素振りをしている。
その裏から新たな人影が姿を見せ、俺に声をかけてきた。
その人物は、微笑を浮かべながら俺へ言葉をかける。
「あんま心配かけんなよ、全く。」
都田だ。
俺は更に周りを見渡した。病室にはソフトテニス部の仲間達、先生、なぜか柔道部の土屋までもがこの空間にいる。
「菅生……。良かったぁ……。」
最後に泣きそうな顔で高い声を発したのは佐藤。佐藤絵奈だった。
(俺は…俺は………。)
動揺を隠せない。どうして彼らが?俺が信じられなくなった彼らがここにいるのか。
頭の中がグルグルと回転する。それに合わせるよう、段々と視界が回り始め、ピークを迎えたあたりから徐々に思考がクリアになっていく。
「あぁ…そうか…。全部俺の勘違いか……。」
地獄と化していると思っていた現実は、俺の思い違いだったんだ。テニスコートで聞いた話は別の誰かの話で、落合は土屋と齋藤にパシられてなんかない。佐藤はちゃんと俺の事を好きで、先走って振ってしまった俺の過ちを許してくれたからここに居るんだ。
なぁんだ。やっぱ何にも終わってねぇじゃんか。
早く帰らなきゃならないと焦っていたが、こうやって無事に帰ってこれた。しかも最高の結末を迎えて。
涙が出てきた。俺はそれが流れ落ちる前に、皆に気持ちを伝えようと思った。
「皆、ホントに……ありが───」
その言葉を、佐藤が遮る。
「良かったぁ……。あんなに簡単に死ななくて…」
目に涙を浮かべたままの彼女は先程と同じ表情、声のトーンでそう言ったが、言葉の鋭さ故にどこか恐ろしい。
その表情にはどこか恍惚とした気配すら感じた。
更に落合が続く。
「お前、まだ自分がただの被害者だと思ってるもんな…。」
落合の様子は先程と変わっていない。
異質な雰囲気に、気持ち悪さが込み上げてくる。
「全部お前のせいだろ、お前が悪い、お前が。」
都田のその言葉を発端として、他の皆が一人ずつ同じ言葉を念じるように発し始める。
「お前が悪い、お前だ。お前のせいだ。お前が皆の心を傷つけた。お前だお前お前お前お前───」
「やめろぉ!!!!!!!!!」
信じて受け入れた先刻の希望を砕かれたような気がして、俺は血流が一気に上昇する感覚を覚えた。
「なん…ッ何だよ……また意味のわからねぇ事を………!」
ここは何なんだ…俺は落下してからどうなった…またどこかに飛んだのか。飛んだとしたらどこだ。こいつらは誰なんだ…。
考えているうちに七秒くらいが経って、頭に昇った血が引いていく。
少しだけ冷静になった俺は自分がどこにいるのか思い出した。
───ここが、まだ俺の夢の中ならば。
明晰夢というものがある。眠っていながら、それが夢だと自覚出来ている夢の事だ。人によっては、その夢の中で自由に行動し、夢の中身さえも自在に操る事が出来るという。
「決めた。俺はしばらくお前らとは顔を合わせない。」
ベッドを取り囲む皆が一斉に反応を示し、直立した。
「納得するまで、俺はこの旅を続けるよ。無理して早く帰ろうとなんて、もうしない。」
彼らが後ずさりする。俺を拒絶するように。
「次に会う時は、全部白黒ハッキリさせる時だ。」
俺は目を閉じてイメージをしてみた。先程までいたレーベの街で、スーツの男に突き落とされた後の場面を───
─3─
───目を開ける。
(あれ…?)
目を開けたはずなのに何も見えないので、俺は何度か瞬きをしてみたが変わらない。俺の目が見えないのではなく、周囲が真っ暗なようだが、しばらく周囲を見渡すとそこが完全な暗闇では無いことが分かった。
(なんだ…あれ…)
赤く光っている球体のようなものが、心臓の鼓動のように光量を調節しながら発光している。
(やばい、失敗した…。訳わかんないとこ来ちまった…。)
ほぼ付け焼き刃の知識で思いつきでやったような事だったのでそもそも上手くいく保証も無かったのだが、逆にとんでもない所に来てしまったのではないか。
「───真。菅生将真。」
球体の方からだろうか、何者かの声が響いている。
「まさか君の方から…来てくれるとは。」
この声は…聞き覚えがある……あ、そうだ。三つ目の結晶の記憶を見た時に語りかけてきた、着物を着た女性の声だ……。
「だが時間が無い。残念だが、引き続き記憶の結晶を……そこで………」
話の途中にも関わらず、再び俺の意識が飛びはじめる。
強制的に目が閉じていき───
そして、俺は三度目の覚醒を迎えた。
────────────────────
「…ぶですか……じょうぶですか……!」
(誰だ……誰かが俺を呼んでいる気がする…)
「大丈夫ですか!!!」
目を覚まし、俺は自分に話しかける人物を確認する。
「え…宿屋のお姉さん!?」
俺に話しかけてきていたのは先程フロントで対応してくれていた宿屋のお姉さんだった。俺は咄嗟に自分の状況を確認したが、間違いなく俺とジュードは三階の自室から落下したようだ。外傷ひとつないのは、このお姉さんが何かしてくれたからなのだろうか。
「さぁ…やるわよ。宿屋の修繕費……しっかり請求させてもらうからね……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます