騎士の矜持


 ─1─


 ラクサの町には約一時間ほどで到着した。道中は五人乗りの馬車に揺られながらあまり多くを語らずにいたのだが、ルイーザは少し居心地が悪そうにしていた。



 ラクサの町はレーベほどでは無いもののキサノ村に比べると五倍ほどの規模があり、大通りには沢山の出店が敷き詰められていて、多くの通行人で賑わっていた。


 この町は王国直下の騎士団が町の治安維持を担当しており、近頃は魔物の出現報告が増加しているものの非常に住みやすく、安全な町として知られている。


 ───と、ケイトが言っていた。


 町の賑わいを楽しむ時間も束の間。俺達は騎士団の詰所で降ろされ、武器や道具類を騎士に預けると取調室へと案内された。もちろんルイーザは別室だ。



「なるほどぉ…それで、穴から落ちてあの場所に入ってしまったわけですね…。」


「そうなんです!私達あそこが入っちゃいけない場所だなんて知らなくて…。」


 ケイトはわざとらしく悲劇のヒロインを演じるように訴えている。


(あぁ…ケイトの良いんだが悪いんだかわかんないとこが出てんな…。)


 ケイトは結構よそ行きの顔を作るのが上手いというか、色んな意味でしたたかな人間だなと最近思う。学生の時はギラついていて友達もいなかったと言っていたが、それが信じられない程である。


 騎士は俺達からの聴取内容をメモにまとめ終わると、席を立つ素振りを見せた。


「とりあえず支部長うえにはこの内容で報告しますけど、池の水全部抜いちゃったんですよね…?これはまた別件になるかもしれないんで、少々お待ち頂けますか?」


 取調べを担当した騎士は困ったように頭を掻きながら、小声で「タワラオの池かぁ…キサノ村の管轄だよなぁ…」と呟きながら部屋を出ていった。



 俺は騎士が困りながら言った「池の水全部抜いちゃったんですよね…?」が妙にツボに入ってしまい、ずっと笑いを堪えている。取調べという状況に加え、あの騎士の「信じられない…」というような、驚きと困惑の表情が絶妙に混じりあった顔が俺の弱点を微妙にくすぐるような感じがしてたまらなかった。


「あんた…さっきから何笑ってんのよ…状況分かってんの…?」


 ケイトが見かねて突っ込んでくるが、犯人のケイトが突っ込んだ事で俺の自制心は完全に崩壊した。


「だって……池の水全部抜いちゃったんですよねって……フッ……パワーワードすぎてっ……」


 ケイトは当事者の自覚が強いのか、それを聞いてどんどん顔が赤くなっていく。


「もぉ〜っ…うるっさいっ…!」


「お前達…少し黙って待てないのか…。」


 ジュードはまるで病院の待合室で騒ぐ子供を叱るような口調でそう言った。




 ─2─


 ─── 一方、その頃ルイーザの方は…


「ほォ〜ん。それで気になって行っちゃったのォ…。」


 ルイーザは小隊長という立場もあり、オーレンが直接話を聞いていた。


「はい、まぁそんな感じです…ほんとすんません。」


 ルイーザは思わず肩に力が入ってしまい、少し体を強ばらせながら俯いて謝罪する。


「まァなんだ。そういう理由があるなら一言相談してくれりゃなァ…何かしら手伝えたかもしれんだろォ…。」


 彼女はその言葉には即座に反論した。


「いや!前に相談した時に面倒事になるから調査団が来るまで待ってろォ〜って言ったのあんたじゃないすか!!」


 オーレンは本当に覚えていないような雰囲気でそれに答える。


「あれェ?そうだったっけェ?」


 この男は本当にいつもこうだ。騎士としての戦闘能力はずば抜けていて安心感があるのに、こういう抜けているところがある。



「オーレン…あんたさぁ、拾ってくれた事は感謝してるけど、そんなんだとそのうちほんとに人望無くすよ…?」



 ルイーザが一瞬仕事を忘れて態度を崩すと、それをまるで咎めるかのようなタイミングで騎士が部屋に飛び込んできた。


「し、支部長!!魔物が町へ侵入してきたとの通報がありました!」


 それを聞いたオーレンとルイーザの動きは早かった。


 すぐさま部屋を飛び出してお互いが各々の装備を装着すると、オーレンは的確に騎士たちへ指示を出す。


「グレイ、ルナ、イクス小隊は町民の避難誘導を、ルイーザ小隊は報告のあった南門の魔物討伐へ迎え。ルイーザ、ロイとアレックスを彼らの見張りにつけてもいいな?」


「もちろん。でもあいつら強いよ。ジュードは特に。」


 ルイーザはさりげなく彼らの釈放を要求したが、オーレンの意思は頑なだった。


「例え強かろうと一般人を巻き込む訳にはいかん。」


「了解。そんじゃ行ってくるよ。」


 ルイーザは冷めたような目でオーレンに流し目を向けると踵を返して現場へと向かった。



 ────────────────────



 ───うわぁぁぁぁ!!!やめろっ…やめろォ!!!!


 ───おかあさぁん!!!どこォ!!!


 ───いやぁぁぁぁぁぁ!!!痛ぁぁぁぁぁい!!!



 現場に到着したルイーザは、想定を遥かに超える惨状に息を飲む。


「なんなんだ…これは…」


 ───魔物の数が多すぎる。



 ざっと見ただけでも二十…いや三十は優に超えている。


 掃討するだけならばルイーザ一人でも十分やれるだろうが、場所が悪すぎる。町の人の安全を確保しながらでは分が悪い。


「伝令!!南門方面、三十だ!!それから───」


 ルイーザは報告と合わせて、ふと思いついた提案を伝令兵に託した。




 ─3─


 町民の叫び声や、木材がバキバキと破壊される音が外から取調室まで響いてきている。



「だから!私達も戦えるって言ってんの!分かったらさっさと武器と持ち物返しなさい!」


 ケイトは先程から見張りの騎士に自分達も戦わせろと主張しており、それを制止する騎士と揉めている。



「ですから…!一般人のあなた方を戦いに加える訳にはいきません!我々には町民を守る義務があります…!」


「それが必要ないって言ってるの!守られる必要がない!私らは別に町民でもなし、その労力町の人を守る事に使いなさいよ!」


 それでも騎士は態度を崩さない。おそらく支部長うえからの命令なのだろう。


 その様子を見ながら状況の打開策を練り、それを俺を見て、ジュードが小声で話しかけてきた。


(ショウマ。お前のやろうとしている事はわかるが、それが何を意味するのかわかるな?)


 俺は集中を切らすことなく答える。


(もちろん、でももうこれしかねぇ。)


 リアルだと公務執行妨害と逃走の罪にあたるのだろうか。法律は詳しくないからよく分からないが。


 外の状況は明らかに異常だ。町はおそらく破壊されているし、恐ろしい数の魔物が外にはいる。


(これで僕達は確実にお尋ね者だな。まぁ、そういうのもキライじゃない…。)


 俺は意を決して行動を開始する。


「あの、すみません。御手洗行かせてもらっても良いですかね…?さっきからずっと我慢してて…。」


 騎士の一人は気づかなくてすまないと言わんばかりの顔で俺の方を向く。


「あぁ、それなら…おい!アレックス!御手洗まで案内して差し上げろ。」


 騎士は警戒していない。


 アレックスと呼ばれた騎士が、ドアの向こうから部屋に入る。


 一歩…二歩……三歩………。


(今だ…!)


 俺は左手から強烈な光を発生させ、いつもの長剣を再現する。


「うわっ…なんだ!?」


 予期せぬ発光に不意をつかれたアレックスの動きが止まる。俺はその隙を逃さず、思い切り剣を横なぎに振ってアレックスを攻撃する。


「ッオラァ!!!」


 アレックスは体勢を大きく崩し、俺はそこにダメ押しの蹴りを入れて彼を完全に転倒させた。


(戦いのプロ相手に俺一人じゃ分が悪い…やるなら短期決戦だ…!)


 俺は自分の剣をジュードに向かって投げた。


「ジュード!!!」


 既に動き始めていたジュードはこちらに飛び出しながら剣を掴み、そのまま流れるようにもう一人の騎士に攻撃を加えた。


「よし、気絶しているな。」


 ジュードは起き上がりかけていたアレックスにも強めの蹴りを入れてから剣を俺に戻した。


「急ぐぞ!」



「あんたら何やってんのよー!!!あぁもう…これじゃ完全にお尋ね者じゃない!!!」


 ケイトは走りながら泣きそうになっていた。今までずっと優等生でやってきたのに…。



 そして、俺達を阻む最後の壁が目の前に立ち塞がった。



「貴様らァ!!!どーやって出たァ!!!」


 オーレン支部長だ。おそらく現場の指揮を取るためにここに残っているのだろう。


「お願い!諸々は後で謝るから私達も戦わせて!」


 ケイトに続いて俺もオーレンに頼み込む。


「お願いします…!俺達は守られる必要なんて無いです…!」



 オーレンはそれを一蹴するように叫んだ。


「ダメだァ!!!!!一般人を戦闘に参加させたとあっては、我々騎士団の面子が保てん!!!!」



「面子…だと?」


 その言葉を聞いたジュードが、ゆっくりと口を開く。



 俺はこんなジュードは初めて見た。明らかに感情的になっている。



「この後に及んでまだそんな事を言えるのか。貴様ら騎士が日々汗を流して鍛錬をし、休暇や自由な時間を犠牲にして守っているのは町民では無く面子などと言う大人の事情が作り出したくだらん体裁なのだな。あぁ不思議だ。先刻より貴様らが弱く見える。民の為でなく自分らの都合のために振るう剣などなまくら同然だ。そんなものは捨ててしまえ。」


(ジュード……!ちょっと言い過ぎじゃ…!!)


「むぅ……!!」


 明らかに頭に来ているオーレンが何かを言い返そうとした時、伝令兵が詰所に飛び込んできた。


「で、伝令!!!南門方面約三十!!避難誘導中のグレイ、ルナ、イクス小隊も交戦中で避難誘導が完了できておりません!!!」


 状況が相当ひっ迫している。俺は追撃するようにオーレンへ懇願した。


「た、頼む!!今だけは俺達をあんたら騎士の仲間に入れてくれよ…!」



 歯を食いしばるオーレンに伝令兵が言葉を続ける。


「それと…ルイーザ小隊長からもう一つ…、彼らを戦線に加えてくれと…!」


「何ィ!?」


「事の全責任は自分が負うから…と、そう伝えるよう頼まれました…」


 オーレンは目を見張り、ゆっくりと顔を下に向けてから絞り出すように決意を告げた。


「むぅぅぅ……!お前達……我々と共に戦ってくれるか……!」


 俺達三人は真剣な眼差しを彼に向け、それを快諾する。



「最初からそのつもりだよ!!」

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