ラクサ防衛戦①


「ぁぁぁぁぁああああ!!!痛いッ!!痛い痛い痛いよぉぉぉぉああああああ!!!!!」



 それは、勇敢にも小さな子供を守った男の末路だった。


 子供を庇い、その辺に落ちていた棒切れ一本で何度もオオカミのような魔物に攻撃を入れた。それだけでも充分すごいことだ。賞賛に値する。


 生身の人間では奴らの俊敏性には到底敵わない。小さな子犬一匹の走力にすら、人は敵わないのだから。


 魔物が、勇敢な男のふくらはぎを食いちぎってから凶歯を上半身に向ける。


 勇敢に戦ったものの末路が、こんな悲惨なもので良いのだろうか。


 ───いや、そうであって欲しくない。そう思うのが人間の性だろう。



 ショウマは全速力で走った。あの人を守るために。


(頼む…間に合ってくれ…!)


 間合いに入った。そう確信するとショウマは構えを取り、斜め右上から袈裟斬りを入れる。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」



 剣が斜め上から徐々に魔物の肉体を切り裂いていく。ブチブチと肉と骨を断裂させていき、やがて魔物の体は真っ二つに割れた。


 この感覚だけはいつまで経っても慣れない。魔物の体を鉄で引き裂いていく感覚…それを感じる度に吐き気が込み上げてくる。



「はぁ…はぁッ…はぁ…大丈夫…ですか…?」


 全身を襲う不快感に耐え、泣きそうになりながらショウマは勇気ある男性に声をかけた。息はある、止血すればまだ間に合う。俺は男を担いで引き返そうとしたが───


 ───その背後に、新たな魔物の脅威が迫っている事には気づかなかった。


(やべぇ…避けられねぇ…!)


 魔物がショウマを襲おうとした瞬間、猛スピードで氷の槍が射出され、空中で魔物の腹を串刺しにしてからそのまま地面に叩きつけた。


 ───氷牙槍。ジュードの黒槍を参考に作り上げたケイトの新しい氷雪系中級魔法である。


「ショウマはその人を安全な所へ!道は私が作る!!」


 力強く安心する声で、ケイトが俺に道を示した。


「おう!!」




 ─1─


「こりゃ、埒が明かないねぇ。」


 ルイーザは目の前の惨状を見てそう思った。魔物は町の四方を囲んでいるようで、徐々に合流を果たしている魔物の数は既に百を超えていた。


(範囲攻撃でまとめてやっちまうしかない…)


「総員!住民の避難を最優先にしろッ!!標的だけをこの場に残せェ!!!」


 ルイーザは力強く叫び、部下達に指示を出す。


 ここに来てからたった五ヶ月程度で小隊長にまで上り詰めた。それは誇るべき事だとオーレンは言っていたが、23歳の若造が、しかも自分達よりもずっと短い期間でこの地位に上り詰めたことを心良く思わないものもいただろう。


 だが、そんな細かいゴタゴタを気にするほどあたしは繊細じゃない。今この場で的確に指示できるのはあたしだけだ。肝っ玉のデカさだけはなめんじゃあない。


 ───ガララララララララララ!!!!!


 攻撃の手を止め、守りに徹していたルイーザの背後から緑色の小鬼が牙を向いた。


 ルイーザはそれを最小限の体の捻りだけで交わすと、右手で握ったナイフで小鬼の腹部を突き刺し、剣身から抜くようにしてそれを投げ捨てた。


「そういう小細工は気に食わないね。」


(それにしても、こいつら集団行動が上手過ぎる。)


 自分達の言葉も持ち得ない、常に本能で動いているようなレベルの魔物が持つ知性でここまで統率が取れた動き方が実現できるとは思えない。


 親玉がいる。ルイーザはそう考えていた。




 ─2─


「あ…あぁ…い、いや……来ないで……来ないでぇぇぇぇぇ!!!」


 叫ぶ女性に迫る魔物を、ジュードは一瞬で切り捨てた。


「大丈夫か!」


 女性に怪我がないかどうか確認しようとしたが、魔物の群れはその間も与えてはくれなかった。


 前方から新たに四体の魔物が迫ってくる。


「ほう、自分にとって驚異になる存在に集団で挑む程度の知性はあるのか。お前達案外


 ジュードは女性に危害が及ばぬよう、最低限の動きで奴らを制圧するつもりで構えを取った。




(行くぞ。)





 ─── 一


 瞬で魔物の懐へ入り、左手の長剣を下から斜めに振り上げるようにして魔物の体を切り裂き


 ─── 二


 勢いを殺さぬよう、そのまま時計回りに一回転してから右手のナイフを脇腹に刺し、そのまま引き裂く。



 ─── 三


 長剣を右から水平に振り、魔物の首を落とし…



 ─── 四


 魔法で作りだした矢を無詠唱で魔物の心臓にうち放つ。



 その間僅か二秒弱。ほぼ一瞬の出来事だった。


「ふぅ…。おい、怪我は無いか。」


 ジュードの問いに女性は泣きながら答えた。


「は、はいぃ……怪我はありません……!」


「そうか、本当は最後まで護衛してやりたいが、手が離せなくてな。自分で歩けるか?安心しろ───」


 ───道は、既に作ってある。


 ジュードはここに来るまでの道のりにいた魔物を全て片付けながらこちらに向かっていた。女性が逃げる道にもはや脅威は存在しない。




 ─3─


 詰所の目の前まで、魔物の脅威が迫っている。


 その光景を目の当たりにし、オーレンは侵攻を食い止めることは失敗したと判断した。


「むぅぅ…………。」


「この町の…平和という器に並べられた、大小様々な幸福と安寧……。」


「それを侵した罪……しっかりと償ってもらうぞォ!!!!!!」


 オーレンは空気の振動を感じ取れるほどの覇気を放って詰所から飛び出すと、背中の巨大な両手剣を引き抜いて目の前にいた数体の魔物を薙ぎ払うようにして斬撃を加えた。


「ふゥんッ!!!」


(周囲に人はいない。避難が完了したか。であれば…ッ!)



 オーレンは大剣を両手で握ってから頭上に掲げ、気合を入れるように叫んだ。


「破砕刃!!崩牙ァァァァァァ!!!!!」


 オーレンが剣を地面に叩きつける。


 衝撃を加えられた地面は直線を描くように盛り上がっていき、凄まじい音と衝撃を発生させながら岩の刃が魔物を次々と突き刺していく。


「ここは終いか。」


 彼一人の一撃で、詰所前の魔物は全滅していた。


「団長!!避難誘導完了しましたァ!!」


 伝令兵からの朗報が飛び込んでくる。ここからは一気に攻勢に出るだけだ。


「よォし!!!良くやったァ!!!!!」


 伝え聞く限りでは、ルイーザが解放したあの三人もよくやってくれている。これなら最小限の被害で町を防衛できる。



「いイなァ……その技……ボくも、ほしイなァ……」


 オーレンは自分の首が落とされるような殺気を背後から感じた。


 詰所には今は誰もいない。なのに、その声は確実に詰所の中から聞こえてきた。


「だれだ───」


 オーレンが振り返るよりも速く、声の主が伸ばした黒い線はオーレンの体を貫通していた。



「が…ごッ…ごはァ……」


 口から血が溢れ出る。


「ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!やッた、ヤっタ、ボくのもノ、ぼクノモの!」


「し…しぶちょ───」


 その凶刃は、無慈悲にも伝令兵の首をも落とす。


「うるサイィィィィ……」



「フゥゥゥゥゥ…………」




 ショウマ、ジュード、ケイト、ルイーザ。


 彼らの知らないところで、最悪の絶望が迫ってきていた。


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