水底の神殿、葛藤の記憶
─1─
───時は少し遡り、ショウマとジュードが食後の稽古のためにケイトの元を離れた後───
一人になったケイトは緊張の糸が解れ、体が溶けるように脱力していた。
「あぁー、なんだかなぁ。大人げなかったのかな、私が。」
ケイトは自分より四つも歳下の少年にムキになってしまったことを悔いていた。本来なら私が大人にならなきゃいけなかったのかもしれないと。
それに、旅を始めてからこんな重い空気になる事も初めてだったし、ショウマのあんな姿を見たのも同じく初めてだった。
三人で過ごすこれまでの旅路は、本当に楽しかった。無愛想だけど根は素直で面倒見の良いジュード。子供っぽいけど目標に向かって誰よりも真剣に向き合うショウマ、彼らと過ごす日々は、本当に楽しかったのだ。
そう、もしかしたら楽しいだけだったのかもしれない。
私達は、本当の意味で苦楽を共にした訳じゃなかった。だから不意に訪れた困難に対して免疫がなかったのかもしれない。それは私個人としても、ショウマ個人としても。二人とも真の苦難に対して協調する経験が圧倒的に足りなかったのかもしれない。そう思った。
ショウマがストレスに負けて周りに怒鳴り散らした時、まるで昔の自分を見ているようで、腹が立ったのかもしれない。独学で入学し、ただ周囲の期待だけが重くのしかかっていた事で、ただ潰されそうになる重圧と向き合う事で精一杯で、ろくに仲間と親睦を深めようとしなかった学生時代の自分の事を。
私は八つ当たりでショウマにきつく当たったのだろう。そう思ったらますます怒りが込み上げてきた。自分に対してだ。
「っあぁーー……もうっ!!!」
「私の!バカァ!!!」
ケイトは怒りのやりどころを失って感情的に氷雪系魔法を池に向かってぶち込んだ。
その結果が、今の騒ぎである。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!?」
─2─
「間違いない!結晶の光だよ!あれ!」
俺は大興奮した。丸一日なんの手がかりもなかったのに、今ケイトのお陰で目的の物がどこにあるのかハッキリした。俺は喧嘩していたことなんてすっかり忘れてケイトに向かってガッツポーズをする。
「ケイト!ナイスだよ!!マジで!!!」
「あぁ…ありが…とう?」
「結果的に良かったのだろうか…いや…ひとまずこの件は後回しだ。光の場所まで行ってみよう。」
ジュードに続くようにして、俺とケイトはぬかるむ足元に気をつけながら一歩ずつ確かめるようにして池の中心部へと向かった。
「穴だ…。」
池の中心部には俺たち三人が丁度入るくらいの穴が空いていた。ここを塞いでいた何かをケイトが破壊してしまったのだろう。
中は暗くてよく見えないが、結晶の光は斜めにさしているので、どの辺にあるのかは検討がついた。
俺が目を凝らして何とか中を覗こうとしていると、ケイトが思いついたようにポーチから何かを取り出して俺達に見せた。
「こういう時はこれを使うのよ!」
ケイトが取り出したのは手のひら大の石と懐中電灯のような筒。ケイトが石の方を思い切り地面に叩きつけると、石は衝撃と同時に光を放ち始めた。
「輝晶石って言ってね、力を加えると発光するのよ。それからこれを…こうして中に入れれば…。」
発光した石を筒の先端に詰めると、ケイトは得意げにそれを見せる。
「ほら!輝晶灯の完成!」
ケイトが作った輝晶灯で穴の中を照らすと、そんなに深くない所に人の手で切り出したように綺麗な形をしている大きな石が見えた。
「なんだこれ…なんか模様とか入ってるし、建物っぽくないか…?」
「そんなに深くないし足場に出来そうだ。降りてみよう。」
─3─
「水泡開華!」
足元に水で出来た綺麗な花が咲く。ケイトが発動した魔法が俺達の着地をサポートしてくれたのだ。
以前俺達が宿屋の三階から落下した際もこの魔法で助けてくれたらしい。
穴の上から見えていた足場に着地した俺は、改めて緑色の光の出処へ目を向ける。
「結晶はもっと下にあるっぽいな…。」
ジュードは足元の正体を探るように靴を擦っている。
「それにしてもこの建造物…異様だな。高さを考えると相当大きいはずだ。こんな穴の中に、これ程の建物を作れるものだろうか。」
(この世界の人間に出来ないとすれば、これを作ったのは俺なんだろうなぁ…)
「まあいい、とりあえず今の要領でもう少し下に降りるぞ。」
ジュードに続いて、俺達は更に下へと降りていく。
先程より落下時間が長い。明らかに深いところまで潜っている…。
ケイトは適宜輝晶灯で辺りを照らしながら、魔法の発動タイミングを計っている。
(うっわぁ……怖ぇぇ………!!!)
俺がガチガチに震えながらその時を待っていると、絶妙なタイミングでケイトが魔法を発動し、俺達は無事に着地に成功した。
辺りは先程より暗さを増しており、足元は池から流れてきた水でくるぶし辺りまで浸かっている。ジメジメとしつつ陽の光が入らないこの場所はヒンヤリとしていて肌寒い。
「あった…記憶の結晶だ…。」
俺達の目の前には緑色の光を放つ記憶の結晶が、そして背後には───
「うわぁ…何この建物…大っきいわねぇ…。」
見上げるような高さのその建造物は、教会だろうか。いや、良くゲームで見る神殿の様にも見える。全体的に白を基調としたその建物には神々しさを感じる。
「まずは結晶の方だ。その後にそこの建物も調べてみよう。」
俺達は周囲を念入りに確認しながら結晶へと近づく。辺りに魔物はいない。
「よし…二人とも準備おっけー…?」
二人が頷くのを確認してから、俺は記憶の結晶に手を伸ばした。
─3─
2010年2月
───ああ、あの日か。
俺達が見ているのは、ソフトテニス部のいつもの練習の風景。部員達は縦一列になってコートの右端に並び、反対側にいる顧問が打つボールを指定された箇所に打ち返す練習をしている。
将真の番まであと三人。
最初は都田のペア、一番手の齋藤だ。相変わらず綺麗なフォームで放たれる球は正確に狙った位置に飛んでいく。コントロールも球速も十分だ。
次は三番手の鈴木。この時点では俺が四番手で、彼は一つ上の番手にいた。身長の小さい彼はやや大ぶりでラケットを構えてからボールを打ち返す。球の速度は十分だがコントロールの方はやや決定力不足で、狙ったところからは少しそれた位置に球が着地する。
そしてエース都田の番。十分に腰を落としてから平行にラケットを引き、ボールを打ち返す。球の速度、角度、コントロール、全てが高いレベルで実現している。
都田の番が終わり、彼が列の一番後ろへ向かった所で、将真はコートの右端に立つ。
顧問が将真に向かってボールを打つ。
将真は十分に腰を落とし、ラケットを引く。ボールがバウンドしてから最も高い位置になった瞬間、それを叩きつけるようにしてラケットを振った。
球速は十分、狙いも良い。ネットスレスレの高さで飛んでいく球は───
ギリギリの高さでネットにぶつかり、自陣へと落ちた。
最近いつもこうだ。球の速度、高さ、バウンドする位置など、自分なりにトップレベルの選手を分析してフォームを形作っているが、上手くいったと思ってもすぐにそれが馴染まなくなり、また上手くいかなくなる。
将真は完全にスランプに陥っていた。
────────────────────
「でさぁ!その時落合がねぇ〜…」
「まじで!やっぱキモいなー!あいつ!」
練習後、いつもの荷物置き場で鈴木と齋藤が落合の悪口で盛りあがっている。
その話は当然将真の耳に入っているが、彼は全く反応しない。新人戦まで残り少ない日数で何とか万全な状態作る為にはどうすればいいか…。そればかりが彼の頭の中を回っていた。
我関せずというスタンスを貫いていた将真だったが、二人での話題が尽きたのか悪戯な笑顔を浮かべながら鈴木が将真に話を振る。
「菅生もさぁ〜、いい加減付き合い考えないと土屋くんにボコボコにされちゃうんじゃな〜い?」
早くこっちに来ればいいのに。そんなニュアンスを含む鈴木の口調はいつも人の神経を逆撫でするような話し方をするが、本人は決して嫌味を言っているつもりは無いのだ。
鈴木に続けて齋藤が、わざとらしく何かに気づいたような素振りを見せた。
「ちょっと待って…菅生の球が最近全然入んないのって───」
(あの言葉がなければ、あの事件は起こらなかったのに。)
「───落合の…呪いなんじゃねぇー!!?」
そんな子供っぽい雑な悪口が、将真の火種に大量の油を注いでしまったのだ。
将真は衝動的に立ち上がって齋藤の胸ぐらを掴んだ。
「さっきからうるせぇな。あ?下らねぇ事ばっか言ってんじゃねぇよテメェ、おい。」
「おいおいおいおい…おい…どうした菅生…」
近くで別のコミュニティを形成していた他の部員達もその様子を見てざわつき始める。周囲を冷たい空気が包み込んでいる。
その様子を見て焦った鈴木は慌てて仲裁に入るが、それが逆効果となり、彼はさらに燃料を投下してしまった。
「まぁ…まぁまぁまぁ…落ち着けって…。」
「あ?そもそもテメェが原因だろ。」
将真は鈴木を威圧するように近寄ると、そのまま彼の左頬に拳をぶち込んだ。
周囲を包む冷気が一気に熱気へと変わる。
「おい!!菅生!!やめろ…菅生!!!」
先輩が慌てて将真を羽交い締めにし、動きを止めた。
鈴木が興奮して何かを叫んでいるが、一切耳に入ってこない。
先輩の拘束に体力を奪われた将真は、残りの力を振り絞って叫んだ。
「お前らみたいに遊びでやってねぇんだよ!!俺は!!!本気でやってんだよ!!!」
(この時の俺は落合をバカにされたことに腹を立てたんじゃない。自分の不調を笑われた事に腹を立てたんだ…。自分が本気で悩んでるのに、それを笑われた気がしたんだ…。)
俺はその記憶を見て、ふと気になった周囲の反応を確認した。
───辺りに広がっていたのは、泣きたくなるような最悪の空気感だった。
皆の俺を見る目が、とても冷たい。
(そっか…そうなのか……俺のせいか……皆の士気を奪ってたのは……俺なのか…)
この記憶を見た時に思った。多分この時だけじゃない。俺は、言動の節々で周りの士気を奪っていたんだ。
自分が必死に努力しているのを理由に、頑張っているのがまるで自分だけみたいな気になって。
「あぁ、うっさ。」
最後にそう呟いたのは都田だった。酷く冷めた言葉だ。もしかしたらこの時には既に…。
────────────────────
記憶の再生が終わる。
俺は自分の決定的な記憶を二人に見られた事も辛かったが、何より自分の弱さが明確になり、自分に欠けているものがはっきりと分かってしまって酷く落ち込んだ。
「ジュード、ケイト。」
俺は俯いたまま、残り少ない感情を吐き出すように言葉を絞り出した。
「ごめん。」
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