欠けているもの
「無い…記憶の結晶が……どこにも無い……。」
─1─
「無いって…そんなことあるの…?」
ケイトの疑問は最もだ。ここはリュウゲンがわざわざノートに『所在確認済み』と念押しまでしていた場所なのである。俺達の読み間違えの線もありえない。ここは彼の記録の中で唯一具体的な所在まで記載されていた場所だ。
「立ち止まって探していても埒が明かん。とりあえず周辺を周ってみよう。」
ジュードの言う通りだ。もっと足を動かそう。
────────────────────
それから数時間、俺達は休むこと無く池の周りを探し回った。
木々の間、上。池の中…ありとあらゆる場所を探し続けた。
可能性のある場所を一つ一つ、血眼になって探した。それでも記憶の結晶は見つからない。
手掛かりも希望も無く、ただ疲れだけが三人の心と体を蝕んでいく。次第に元気を無くしていく俺達は、後半はもう惰性で動き回っていた。
何の成果も得られないまま時間だけが過ぎていき、到着した頃は白い光をさしていた空も、今は既にオレンジ色の光で辺りを覆っている。
三人の服も触れた草木と土埃ですっかり汚れてしまっている。ケイトは服の白いワンピース部分の汚れを払ったりしているが、回数を重ねる毎に払う力が強くなっている気がする。
肉体的疲労、精神的苦痛。それらが重なった時、人間の醜い部分はどうしてこうも都合悪く現れてしまうのだろう。
「あぁー!!もう!!全ッ然見つかんねぇじゃんよ!!!!」
あまりの心身へのストレスから俺はとうとう不満をぶちまけてしまった。
「あぁもう…いきなり大声出さないでよ…。」
空を見上げて叫んだ俺の声を聞いて不快感を覚えたケイトは、その感情を剥き出しにしたような口調で強く俺に当たった。
「あぁはい、ごめんごめん。」
ケイトの言葉に精神的ストレスが高まった俺は投げやりに謝罪の言葉を返す。
それが、ケイトの火種に油を注いでしまった。
「は?何それ…?なんであんたが怒ってるわけ?」
「いやだから、ごめんて。謝っただけじゃんか。」
「その言い方の話をしてるのよ。何?もしかして自分だけ疲れてるとでも思ってるの?」
「んなこと言ってねぇだろ!大体別に俺は頼んで───」
マズい言葉を言いかける。それを即座に察知したジュードは咄嗟に言葉を割り込ませた。
「やめろ!くだらない事でいちいち突っかかるな。」
ジュードの静止によって俺達は口を噤む。
「はぁ…。確かに少し疲れたな。一旦休憩にしよう。」
ジュードによってその場は収まったが、俺達の間に流れる空気は最悪だった。
─2─
───これまでの旅の中で一番気まずい休憩の時間が始まった。
昼食を取っていなかったので、俺達は宿屋の女将さんが持たせてくれたパンを黙々と食べながら時間を潰している。
(なんだよ…そんなに怒る事かよ…見つかる気配もねぇのにひたすら歩き回ってたらイライラもするだろ…大体自分だってイライラしてたじゃんかよ…。)
俺はそうやって自分を正当化するように頭の中で愚痴を回した。
できるだけゆっくり食べたつもりだったが、思ったよりもずっと早くパンを食べ終えてしまい、俺は手持ち無沙汰に居心地の悪さを感じた。
引き続き沈黙がその場を支配する中、ジュードがついに口を開いた。
「ショウマ、ちょっと来い。」
「え、あ、うん。何?」
「稽古をつけてやる。安心しろ、食後の軽い運動だと思え。」
「えぇ…今やんの?」
ジュードは有無を言わさず俺を連行していった。
ケイトは緊張の糸が解け、まるで溶けるように体から力が抜けていた。
(はぁ…気まず…)
─2─
先程休憩をとっていた場所から声が届かないくらいの少し離れた位置に移動した俺とジュードは、互いに向かい合って準備を始める。
俺が剣を用意し終えると同時に、ジュードは剣を抜きながらこちらへ突進してきた。
「うぉッ!?」
「今の速度でも受け切るか…成長したな、ショウマ。」
「そりゃ…自主練欠かさなかったからな…。」
ジュードは剣を収めると俺の目をしっかりと見て話を始める。
「お前は、人よりも何倍も努力できる人間だ。人よりも正しく、そして折れずに努力出来るというのはそれだけで才能になり得る。そういう意味ではお前には剣の才能があるのだろう。」
ジュードが俺を直接褒めることなんて珍しい。珍しいからこそ違和感を感じる。今彼が言いたいことはそれじゃない。
「だが、お前には決定的に欠けているものがある。」
俺は胸が締まる感覚を覚えた。
「欠けているものって…なんだよ…。」
「それはお前が見つけ出すんだな。その為に探しているのだろう、記憶の結晶を。」
答えを教えてしまうことは、ショウマの為にはならない。むしろそれは、彼が今必死になってとっている行動を否定する事になる。
「いいか、ショウマ。少なくとも今のままでは───」
「お前の剣は、誰かを傷つけることになる。」
誰かを傷つける。それは今の俺にとって相当堪える言葉だった。自分も、自分の周りの友人も傷つけさせない。そうリュウゲンに誓ったのに。
「俺の剣が…誰かを───」
突如、池の方で大きな何かが落下したような音がした。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!?」
不意に、俺の言葉をかき消すようにして聞き覚えのある声が響き渡る。
「ケイト!?」
ケイトの叫びだ。間違いない。
───ケイトに何かあったのかもしれない。
「戻るぞ!ショウマ!」
「あぁ!」
俺達は大急ぎで休憩地点に向かって走り出した。
─3─
「どうした!?ケイト!」
ジュードは声をかけると同時に池の方を見た。先程の大きな音は何だったのか。まるで池に巨大な岩か何かが落下したような音がした。
両手で抱えきれないくらいの大きめの氷が池の中心部に鎮座している。先程はあんな氷は無かったはずだ。
ジュードは冗談交じりでその氷の正体を確認する。
「ケイト…まさか八つ当たりで池に魔法でも放ったんじゃないだろうな。」
「わ、悪かったわね…八つ当たりで池に魔法なんぶっ放して…。」
ジュードは呆れた表情でケイトの方を見た。
「おいおい、勘弁してくれ。自然に罪は無いんだぞ。あぁほら、見てみろ。池の水が抜け始めているじゃないか。」
───池の水が抜け始めている…?
おかしい。ジュードは直感でそう思った。水が抜けるということはこの下がある程度空洞になっているという事だ。
池の水がどんどん抜けていく。俺達はそれを見ている事しか出来ない。
しばらく経って、池の水が完全に抜けきったその時だった。
「ジ、ジュード!!!あれ!!」
俺達三人は思わず開いた口が塞がらなくなる。目の前に見えているそれは間違いなく、見覚えのあるエメラルド色に発光する、それの光だ。
「記憶の結晶の…光だ…!!」
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