始まりの記憶
澄んだ空、冷たさの所為か透き通るような清らかさを感じる空気。そして、優しく見守るような光を放つ朝日が、俺達を送り出すように辺りを照らしている。
「それじゃ…行ってきます…!」
旅立ちの日のケイトは、白いワンピースのような服に黒いローブを纏う、まるで魔女のような装いに変わっていた。彼女は見送りに来てくれた両親に朝日のような笑顔を向けて手を振った。
「どうか娘を、よろしくお願いします。」
ゆっくりとお辞儀をするケイトの母に続くようにして父も頭を下げると、ジュードが二人を安心させるように言葉をかけた。
「御息女の安全は我々が保証しますので、ご安心ください。」
綺麗な礼を見せるジュードのその姿は、どこか厳格さと誠実さを持ち合わせた騎士を思わせる。
彼に続いて、俺も二人にお礼をした。
「ほんとに色々お世話になりました、こんな素敵な服まで頂いちゃって…。」
俺はケイトの両親から旅人用の服を貰っていた。青色のシャツに黒のインナー。そのインナーに合わせたような色合いの真新しいブーツは、旅が終わる頃には足に馴染んでいるだろうか。
ケイトの母はまるで自分の可愛い息子に衣装を着せるようなテンションで、服を選んでくれていた。
「いいのよ!前の服ボロボロだったし、それにとーっても似合ってるわよ!ショウマくん!」
色々あったけど、またゆっくり寛ぎに来たいと思える街だった。
俺達三人はレーベの街に背を向けて、記憶の結晶探しの旅に出発した。
─1─
───レーベという北西の宿場町の外れ、街道沿いに歩いていった先の森の入口───
俺達はリュウゲンのノートに従い、最も近場にあると思われる【始まりの記憶】の結晶を目指して歩を進めていた。
「にしても、さっきのジュードカッコよかったよなぁ。」
俺は先程の様子を思い出して呟いた。
「さっきのって、私の両親に挨拶した時の?」
「うん、なんかこう、背筋ピーンってなっててさ。」
俺は両手の指を真っ直ぐ伸ばしてから腕を上下にしっかり伸ばしながら答える。
「まぁ、僕は元々騎士だったからな。それにうちも代々騎士の家系だったから、ああいう礼儀作法にはうるさかったんだ。」
「へぇー、あなた騎士だったの!なら納得だわ、食事の時とかも育ちの良さ出てたもん。」
俺は当然その事を知っていたのだが、敢えて知った風な素振りは見せずに話を聞いていた。
会話に熱が乗ってきたのか、ケイトはそのまま話を続ける。
「てかさ、思ったんだけど…この世界がショウマの精神世界って事はさ…ショウマって、神様って事になるの…?」
創造神みたいなものよね…とケイトがそんな事を言うのだが、そんな事考えたこともなかった。確かに言われてみればそうなのかもしれない。
「あぁー…そっか…。」
「俺って神様って事に───」
「冗談言うな…こんな頼りない神様がいてたまるものか…。」
ジュードが遮るように反論するので何とか言い返そうとしたが、ド正論過ぎて何も言えない。
「ジュード!またそういう…!確かに…そうかもしんねぇけど…!」
「それにしても、よく喋るようになったな、ショウマ。」
ジュードがそう言った。たしかに言われてみれば、俺はレーベの街に来たばかりの時のような気まずさや、緊張を感じなくなっていた。
(そっか。俺…この二人には心開けるようになったのかな…。)
楽しい会話も束の間、俺達は記憶の結晶【始まりの記憶】があると思われる森の入口に到着した。
─2─
「案外近くてラッキーだったわね!」
そんなケイトに対してジュードは真顔で目の前の標的に目を向けている。
「こんなに魔物がいるのにか?」
目の前にいた魔物の数は七体、まあまあの数だが、今の俺には何の心配もなかった。
「余裕っしょ、俺たち三人なら…!」
ジュードは剣を構え、ケイトは棍棒を取り出して魔法陣を作る。そして俺はジュードが戦う姿をイメージして、両手に彼の持つ剣を再現する。
バチバチと光が音を立てながら発光する。
「よし…行くぜェ!!!」
────────────────────
戦いは一瞬で終わった。
俺たち三人は、とてつもなく強かった。その実感が湧くほどの連携だったと思う。
「いやー、楽勝楽勝。簡単だったわねー。」
ケイトがそんな事を言っていたが、俺にはそれに反応している余裕は無く…
「ッ……いっ……てぇぇぇッ……」
俺の両手に激痛が走る。戦闘が終わってから、筋繊維の一本一本が立て続けにブチブチと千切れるような痛みが続いていて、俺は思わずその場に蹲って歯を食いしばり、それに耐えていた。
「大丈夫か!」
即座に駆けつけたジュードが様子を見ながら治癒魔法をかけてくれる。彼に続くようにしてケイトも様子を見に来てくれたが、彼女は俺の姿を見て少し青ざめていた。
「あなた…それ、戦う度にそんな状態になってるの……?」
魔法のお陰で痛みが引いてきた俺は、心が段々と安らぐのを感じながらケイトの質問にゆっくりと答える。
「いや…この力が使えるようになったの、この前のレーベ襲撃の時なんだよ…だから使うのは今日で二回目…。」
ジュードはかなり深刻な表情で俺に忠告する。
「その力がどういうものなのかわからない以上対策も難しいが…その力の使い方に慣れるまではしばらく戦闘は控えろ。コントロール出来るよう、道中で訓練するぞ。もちろん僕も付き合う。」
「あぁ…ありがと…ジュード…。」
痛みが完全に引いた俺は立ち上がって目の前にある目的物へ向かう。
「よし。ちょっとお騒がせしちゃったけど、早速見てみようぜ。記憶の結晶…。」
二人の準備を待ってから、俺達三人は緑色の光を放つ記憶の結晶に手を伸ばした。
─3─
───2009年4月
放課後、将真と都田はとある場所に向かいながらグラウンドを歩いていた。
「ソフトテニス部かぁ〜、確かに野球とかサッカーに比べたら経験者少なそうだよなぁ。」
そんな将真の言葉に、都田はうきうきしながら答えている。
「でしょ…!未経験の俺らでもついていけそうだし…カッコ良くない?」
「なんか…モテそうじゃねぇ!?」なんて言いながら、二人は初めて訪れるテニスコートに到着する。
将真は二人を代表してコートの入口に立っている先輩に声をかけた。
「あの!仮入部にきました!菅生と都田です!」
先輩はもう何年もずっと待ち続けていたようなテンションで歓迎してくれた。
「おぉー…!!待ってたよ!おーい!新入部員第一号と二号が来たぞー!」
先輩がこちらの想像以上の反応で周りに声をかけるので、二人はなんだか照れくさくなってしまった。
その後、二人は先輩にラケットを借りて、手取り足取り初めてのテニスを楽しんだ。
───そして、練習の帰り道。
将真と都田は楽しそうに今日の体験について語り合っている。
「俺達さ…付き合い長いし、最高のペアになれるんじゃない…?」
都田は目を輝かせながらそう言っていた。
将真はその言葉に、強く同意する。
「間違いねぇわ、俺らでトップ狙おうぜ。そんで、俺が部長で、都田が副部長だなー!」
期待に胸を膨らませながら、将真は目を輝かせている。
「俺に副部長は無理でしょー…。菅生は普段から堂々としてるし、責任感強いから出来そうだよね。」
(そう、都田はこういう奴だった。自分のが運動も出来るし頭も良いのに、こうやって謙遜する奴だった。)
二人は入部の意思を改めて確かめ合い、それぞれの帰路へと分かれていった。
────────────────────
「なんか、いい子じゃない。あんたの幼馴染。」
ケイトに続いてジュードもそれに同意する。
「あぁ。この記憶を見る限りだと、とても聞いていたような事が起こるとは思えないが…。」
二人の感想に、俺は自分が受けた仕打ちを否定されたような気がして悔しさが込み上げてくるが、同時に二人の反応には一理あるとも思った。
「確かに…改めて見ると今の都田と雰囲気も何もかも違いすぎるな…。」
どうして気づかなかったのだろう。そう思った。気が付かなくなるほどに俺達は徐々に離れていってしまったのかもしれない。
「ホントに、人が変わったみたいに───」
(いや、待てよ…。)
俺はするすると出てきた言葉の中に引っ掛かりを感じて言葉を止めた。その時脳裏に浮かんだのはリュウゲンの言葉だ。
───あなたの体は、私が貰います───
「いや…まさかな…。」
震える声でそう呟いた俺に、ジュードは反応した。
「どうした。何かわかったのか。」
そんなはずはない。そう思ったが、俺は怯えるようにその可能性を言葉にしてみた。
「都田は…乗っ取られてるのかもしれねぇ…。」
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