リュウゲンの記録


 石造りの洋館で、男は静かに腰を下ろす。


「流元……お前は良くやった。十分な働きだった……。」


 男はゆっくりと口角を上げる。彼はあの少年の『心の力』を目覚めさせたのだ。これは男にとって想像以上の結果だった。


 しかし、同時に面倒な事になった。そうも思っていた。


「まさか…シャドウを放つ事になるとはな…想像以上だよ……菅生将真……。」


 やがて男は笑いがこらえきれなくなって、思わず立ち上がった。計画の進行度は彼でさえ予想出来なかった速度で進んでいる。


「やるとしたらラクサの町か……ふっ……ふふふふ………一歩間違えればあの町が終わるな……良い…良い……!」


「狂え…怒り狂ってくれ……少年よ……。」




 ─1─


 俺達はリュウゲンが残したノートのページをめくり始めた。


 冒頭からしばらくはリュウゲンがこの世界に来るまでの経緯と、彼を救った謎の男についての記録がされており、俺達はその壮絶な出来事に息を呑んでいた。


「とても正常な精神状態じゃなかったのかもね…。」


 ケイトはそれだけ言葉にすると、すぐに黙ってしまった。



「それにしても、精神世界…覚醒…夢喰い…。」


 どれも現実味を帯びていなくて、いまいちしっくり来なかった。あれだけ非現実な世界を旅してきたのに、おかしな話かもしれないが。


「今僕達がいるのはお前の精神世界で、お前が眠りにつくのと共にこの世界は覚醒した。そして、この世に未練を残したまま逝ってしまったものは、精神世界を持つ人間に引き寄せられる性質がある。そうやって引き寄せられてこの世界にやってきた者を、夢喰いと呼ぶ…か。」


 ジュードが上手くまとめてくれたので何となく頭の中の整理が着いた。


 そして、ケイトが突然湧いて出た疑問を提示する。


「じゃあさ、この世界が…ショウマの眠りと同時に作られたんだとしたら……私らはついこの前生まれたってこと…?意味わかんないんだけど、だって私にはちゃんと昔の記憶があるのよ…?」


 俺はその答えに何となく回答できそうだったが、それを答えてしまうことはケイトにとっても、ジュードにとっても酷な事になる気がして伏せた。だって───


 ジュードは、ああいう人物だっていう設定で生み出されたキャラクターなんだ…。ケイトも同じように、俺が作り上げた人物なのだとしたら…予め用意された昔の記憶を持って最近生まれたのだとしても、特段おかしな事は無いのである…。


 これだけは言えなかった。だから俺は曖昧な答え方をした。


「それに関しては…まだ分からない…これからの旅でハッキリさせてくしか…。」


 俺は二つの想いの中で揺れていた。彼らは架空の人物に限りなく近いのだろう。それでも今目の前で話している彼は間違いなく生きている。この世界にちゃんと生きている。


 議論が座礁したところでジュードは話題を切り替えた。


「一旦この辺りの話は切り上げよう。僕達が知るべき事はこの先にあるはずだ。」


 ありがとう、ジュード。俺は心の中で彼に感謝して次のページをめくった。俺達は既に発見済みのものは読み飛ばしながら、内容を確認していく。


 ────────────────────


 七つの記憶の結晶。私がその全てに触れた後、結晶は突然バラバラに飛散して何処かへ飛んでいってしまった。


 彼はそれを見て「邪魔が入ったか…。」と呟いた。私がそれについて尋ねると、彼は「何…旧友の仕業だよ…。」とだけ言って黙ってしまった。


 有事に備えて、ここに飛散した記憶の結晶の所在を記しておく。全てを確認した訳では無いが、彼曰く結晶の所在は気配で分かるのだという。


 彼は一体何者なのだろうか。


 ────────────────────


【始まりの記憶】

 レーベという北西の宿場町の外れ、街道沿いに歩いていった先の森の入口。


【葛藤の記憶】

 キサノ村より東にある、タワラオの池。(所在確認済み)


【努力の記憶】

 王都より北東に佇む遺跡。


【疑心の記憶】

 王都より南東にある、工業が盛んな街。


 ────────────────────



 一通りの記述を読み終えて、最初に抱いた感想。それは…



「雑すぎねぇか…これ…。」


 記録されていたのは所在も目印も曖昧で、これでは具体的な場所が分からない。ジュードも地図は持っているが、もう少し詳細に情報が無いと心許ないだろう。隣を確認すると、案の定ジュードは鼻から溜息をついて落胆していた。


 だがよく良く考えればこれは当然の事だった。リュウゲンだって元々は俺と同じ世界の人間なのだから、この世界の地理に詳しくないのも頷ける。


 しかし、ケイトはそんな俺達の様子とは真逆の反応を示す。


「王都から北東っていうと…クジャ遺跡の事かな、それに工業が盛んな街って言えばトレガンでしょうね…。それから…」


「ち、ちょっと待った!!!!」


 俺はスラスラと暗号を解読していくケイトの言葉に割り込むようにして声を出す。


「わかんの…?ここに書いてある場所…。」


 ケイトは当然のように答える。


「まぁ、学校で地理は必修科目だし、私、王都にいたからね。これくらい書いてあれば分かるわよ。」


 救世主登場の瞬間だった。


 俺とジュードは声を揃えて彼女に頼み込んだ。


「頼む!ここに書いてある場所、教えて!」

「頼む!これの具体的な所在を教えてくれ!」


 ケイトは少し笑いながら快諾してくれた。だが───


「あなた達仲良いわね。いいわよ、その代わり…条件がある。」


 俺達は少し身構えながら彼女の話を聞いた。


「私も一緒に連れてって!」




 ─2─


───時は少し遡り、一週間前。


「修繕費だけで2000万ゴールド、ほぼほぼ建て直しか。この様子だと一年近くはかかるだろうね。」


 父は腕を組んで厳しそうな声をあげる。


 ショウマとジュードの見舞いから帰宅したケイトは、両親と今後の宿屋運営について話し合っていた。


 口をへの字にして眉をしかめる父の姿を、母は何かを決意したような顔で見つめている。


 一方でケイトの脳内は、ショウマとジュードの事でいっぱいになっていた。


 ジュードが使っていた魔法、あれは間違いなく上級魔法だった。魔法学の権威である王都の魔法学校で教鞭を取っている教師陣くらいで無ければあのレベルの魔法は使えないし、彼女も実際に見たのは二回目だった。


 そして何より、あのショウマという少年が使用した、複製魔法のような技。


 あの時は咄嗟に複製魔法なのではないかと思ったが、今思えばあれが複製魔法だとすると色々とおかしいのである。


 魔法は使用する際に、必ずどこかに魔法陣が発生する。だが、少なくともあの時はショウマの周りに魔法陣は発生していなかった。この時点であれを魔法と呼ぶのは少し躊躇われる。


 加えて、魔法を使用するには原則として詠唱が必要になる。詠唱は魔力を魔法として形にする際に使う設計図のようなもので、自分のようにそれをスキップして発動するには相当な鍛錬と魔法に対する理解が必要だ。ただでさえ魔法の中でも最上位の難易度を誇る複製魔法を、しかも詠唱無しで発動させられる人物など、ケイトは聞いた事がなかった。


 だとすれば、あの少年が使っていたのは何なのか。漠然と興味があった。


 ───「ケイト?」


 放心状態になっていた私に、母は何度も声をかけていたようだ。


「え、あ、何?ごめん、ちょっとボーッとしちゃってて…。」


 母は娘の考えている事を見透かすようにして彼女に声をかけた。


「気になってるんじゃない?あの二人のこと。」


 やはり母には全てお見通しだったようだ。


「ケイト、あの二人にお願いしてみたら?旅について行ってもいいかどうか。」


 ケイトは自分がどうしたいかまで見透かされている事が恥ずかしくて、少し照れくさそうに笑って答えた。


「母さんの言う通りよ…。あの二人が使うような魔法を、私は見たこと無かったから、でもね…。」


「今はいいかもしれないけど、私が居なくなっちゃったら宿屋が困るじゃない。二人ともそろそろ引退も考えなきゃだろうし、私もそのために戻ってきたんだしさ。」


 父はケイトの言葉を受けて、一瞬母と目を合わせてから話を始めた。


「ケイト。父さんはケイトが実家に戻ってきてくれた時、正直ちょっとほっとしたんだ。でもね。同時にこうも思った。父さん達はケイトに夢を諦める道を選ばせてしまったんじゃないかって。それがずっと心残りだったんだ。」


 その言葉にケイトは咄嗟に反論した。


「それは父さん達が気負うことじゃないでしょ…!学校辞めたのも、うちを継ぐって決めたのも、私が勝手に決めたことなんだから…。」


「それに、私が居なくなっちゃったら宿はどうするの?旅に出ちゃったらいつ帰って来れるかも分からないのよ?」


 母は予め用意していた物を準備するように、ゆっくり口を動かした。


「宿屋はね、閉めようと思うの。」


 予想もしていなかった言葉に、ケイトは驚いた。


「閉めるって…どうして?だって、父さんと母さんが二人ではじめて、必死で努力してここまで大きくした宿なんだよ!?それを閉めるなんてそんな簡単に言わないでよ!」


 ケイトは涙が堪えられなくなって俯いた。この宿はケイトにとって生まれ育った大切な思い出の場所であり、それを切り盛りする父と母の姿はとてもかっこよくて、彼女は大好きだった。


感情的になるケイトをなだめるように父は口を開く。


「この事はずっと母さんと話してたんだ。何も思いつきで決めたことじゃないよ。それにね───」


 父とバトンタッチするようにして、母が続ける。


「今回の事で思ったの、やっぱりケイトには夢を追ってもらいたいって。街は無事だったけど、うちの宿だけこんな事になっちゃったのも、きっとそういう運命だったんじゃないかって思うのよ。」


「母さんも父さんも、あなたが夢を叶えて、キラキラ輝いてる姿が見たいな。それでうんと立派な魔法使いになって、また元気な姿を見せて欲しいなって、そう思うのよ。」


 両親の想いに、ケイトの涙は止まらなくなってしまった。



「だから行ってらっしゃい。うちの事は大丈夫…!お陰様で老後の資金は十分にあるんだから!」


 母は胸を張って娘に言葉をかけた。


 ケイトはそれに応えるように、両親の方を見て泣きながら答えた。


「わ…わたし……魔法使いに……なりたいっ……!」




 ─3─


「そういうわけだから!私も仲間に入れて下さい…!」


 俺とジュードは互いに目を見合せてから答えた。


「もちろん!これからよろしく!ケイト!」


 こうしてケイトが俺たちの仲間に加わる事になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る