第三章 記憶行脚編
記憶を巡る旅路
希望
己の最大の敵は自分自身。というような言葉をよく聞く事がある。
仕事をしていたり、スポーツをしていたり、何か成果を出そうとすると、この言葉をよく使う人達がいる。
この言葉を最初に考えた人はどういう経緯でそれを口にしたのだろう。実際に経験を経てそう思ったのか、或いは何か格好の良い事を言おうとして思いついただけの言葉だったのか。前者だとすれば、その人はきっととてつもなく辛い経験をしたのだと思う。心ある者にとって自分と向き合うという行為は、伸びしろがあればある程、とてつもなく辛い行為になる筈だから。
あなたの最大の敵はなんだろう。自分自身か、それとも何をやっても越えられない壁のような友人か。
─────────第三章────────
─1─
目が覚めると病院のベッドの上にいた。
木目の天井は、宿泊していた宿のものとは違う。ここはレーベの街にある総合病院だった。
リュウゲンとの戦いの後、意識が途切れて倒れていた俺、宿屋の方で気絶していたジュード、同じく倒れていたケイトの三人は街の人によって救出され、この病院に搬送されたらしい。
戦いの後の惨劇は思わず息を呑む程で、街自体のダメージは大したことは無かったが、戦場となった宿屋は半壊、周囲は木々がなぎ倒され、舗装されていた道はバラバラに砕かれて更地になっていた。
───そして、入院生活が始まっておよそ三週間。
「なぁ、ジュード…マジでなんて言うの…俺合わせる顔ねぇよ……。」
俺はこれから訪れる人物に対しての罪悪感で頭の中がいっぱいになっていた。
「仕方がないだろう…こればかりは不可抗力だ。彼女には申し訳ないが、気にしすぎる事じゃない。正直に話せば分かってもらえるさ。」
ジュードはいたって冷静だった。なんだかこういう事に慣れているような…。
その時、病室にノックの音が三回響き、ジュードが対応する。
「どうぞ…。」
「あら〜!お二人ともご機嫌いかが?」
わざとらしく丁寧で、上品な歩き方をして病室に入ってきたのは、俺達より先に退院していたケイトだった。
俺達はその様子を見て思った。あぁ、この人───
(めっちゃ怒ってる…………)
─2─
「あ、お久しぶり…です…。」
俺は目も合わせられなかった。
───だって、ケイトの宿屋は半壊状態で営業停止になってしまったから。もし俺がここに来ていなければ…
「二人とも私がいた時より少し顔色が良くなったんじゃない?経過は良好そうね!ところでこれ、取引させて頂いてる農家さんから頂いたイチゴなんだけれどいかが?私達じゃあ、とても食べきれなくて〜、良かったらお二人で召し上がって。」
俺とジュードは礼を言うと、しばらく黙りこくった。苺には全く手を付けない俺達に気を使ってケイトは「私も食べてもいい?」と言って手を付け始めたので、俺達も続くようにして苺を食べ始めた。
「それで、もうそろそろ聞かせて貰えない?」
ケイトがついに本題に入る。俺達は件の出来事について、素直にありのままを語った。
────────────────────
「なるほど、つまり、あなた達を狙って襲撃してくるなんて知りもしなかったわけね。」
説明はほぼほぼジュードが行い、俺は間に補足を入れていた。
「あぁ、あの男とも初対面だ。僕達は本当にただ、あの宿の温泉で疲れを癒したかっただけだ……。」
ジュードは本気で悔しそうだった。ただその姿勢がケイトにも伝わったようで───
「分かったわ、今回の件はどう考えても二人は被害者って感じよね。ごめんなさい。なんだか私も、怒りのやりどころ失っちゃってさ…イライラしちゃってた…。」
ケイトの言う事は最もだ。自分の職場が営業不能にされた上に犯人はもうここにいない。修繕費や当面の生活費だって相当かかるだろう。
「二人とも、怪我が治ったらうちに来てよ。お詫びも兼ねて食事でもしましょう。」
お詫びというのは宿泊の件だろうか。確かに俺達は前払いで二泊分の料金を払ってしまっていたので、宿側としてはそう思うのかもしれない。
「今回の件は宿屋側も被害者だろう、そんなに気負わないでくれ。」
「いいの、私も二人と話してみたい事沢山あるのよ。だからお願い。」
そう言うと、ケイトは手を振って病室を出ていった。
こうして一週間後、俺達は再び彼女の働く宿屋を訪れる事になる。
─3─
「いらっしゃい!レーベの街一の宿屋へようこそ!」
彼女は最初に訪れた時と変わらぬ笑顔で俺達を迎えてくれた。
それから俺達は三人で食卓を囲み、色々な話をした。
ケイトは元々魔法使いを志していて、王都の魔法学校に通っていた事を話してくれた。二年前に高齢の両親の身を案じてその道を諦め、この宿屋で働く事にしたそうだ。
それから俺達はこれまでの旅路について彼女に話して聞かせたが、俺がこの世界に来るに至った経緯を話し始めるとその場の空気は少し重くなっていき、なりゆきでそのまま本題へと入っていった。
「で、あなた達はこれからショウマの記憶の痕跡を探すのね?」
俺はケイトから「敬語は話しにくいからやめて欲しい」と言われ、ぎこちないタメ口で彼女の問いに答えた。
「うん、そのつもり。それに、結晶の所在についての手がかりも手に入ったんだ。」
俺はリュウゲンから渡された片手に収まるくらいの小さなノートを取り出した。
「ここに記憶の結晶が今どこにあるのか書いてあるらしい。それと、リュウゲンがここに来てからの記録も…。」
ジュードはコーヒーを飲み干すとスイッチを切り替えたように立ち上がる。
「よし、では確認してみようか。それから今後の方針を立てよう。」
ジュードとケイトが俺の左右から覗き込むようにして、そのノートに目をやった。
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