謎の青年


 ───向き合え…君自身と…


 頭の中で声がする。辺りは真っ暗だ、何も見えない。体も動かない。


 ───君は…知らなすぎる…自分の事を…


 ───この世界で…真実を…



 ─1─


「ん…うぅ……。」


 目を覚ますと、木目の天井が目に入った。どうやら俺は横になっているらしい。何があったんだったか。あぁそうだ、岩の巨人に殺されかけて、誰かに助けて貰って、それで…



 俺がゆっくりと体を起こすと、聞き覚えのある声で話かける男がいた。


「目を覚ましたか、とりあえず無事なようだな。」


 俺はその男に見覚えがあった。全身を覆う黒衣には水色の模様が入っており、腰には攻撃用の長剣と防御用の短剣を提げているその男を見たのは、岩の巨人に助けてもらった時が初めてでは無い。俺はもうずっと前から彼の事を知っている。


「ジュード……?」


 そう、彼はジュード。俺がいつも遊んでいたゲームの登場人物だ。二本の長さの違う剣を使い、魔法と剣術を組み合わせて戦うそのスタイルが特徴のキャラクターで、主人公以外では最も扱いやすく、かつ使い込めばより深いプレイングも可能なプレイアブルキャラクターでもある。


 初対面のはずの俺が彼の名前を呼べば驚くかもしれないと思ったが、彼は表情一つ変えることなく冷静にその言葉を返した。


「やはり、お前なんだな。この世界を。」


 俺は彼の言っている事の意味が理解できなかった。


「俺が世界を作った…?えっ…と…どういうこと…?」


「言葉のままの意味だ。僕達が今いるこの世界は、お前が作り上げた世界なんだろう。そして、僕をこの世界に呼んだのもお前だ。初対面のはずのお前が僕のを知っている事が証拠の一つだ。」


 やはり言葉の意味を理解しきれず、しばらく唖然としたままジュードを見つめていると、彼は何かを悟ったように俺へ説明の続きを始める。


「僕は少し前まで別の場所で仲間と共に旅をしていた。だがある日突然、記憶の途切れ目も無く突然別の場所に飛ばされていたんだ。まるで景色が一瞬にして変わるようにな。」


「気がつけば僕は一人で、周囲に仲間もいない。僕が仲間の行方と自分の所在について可能な限り調べてみたところ、しばらくして一つの手かがりを見つけた。それが、誰かの記憶が刻まれた結晶体だ。」


「記憶の刻まれた…結晶体…?」


 ジュードは椅子に腰を掛けたままリラックスした様子で話を続ける。


「あぁ。その結晶に触れた時、まるで他人の過去を追体験するように記憶が頭の中に流れ込んできたんだ。そして、その記憶の中にはある人物がこの世界に至るまでの出来事、そしてこの世界が形作られる様子が描かれていた。それがお前だ。」



「俺が…この世界を作り上げた…?」


 とても信じられない。今いる世界は俺が作りあげたもの?


 愕然とする俺を見て、ジュードは机に置いてあるコーヒーを一口飲んでから話を続ける。


「本当に何も知らないようだな…。気になるのなら見てみるか?実際に確認すれば、今の話も少しは理解できるだろう。」


 俺は彼の提案を受けて、一つの覚悟を決めた。


 俺は自分の人生すら終わったと思った。学校にも行けそうにない。あんなに大好きだったテニスも、もうあの場所ではできないだろう。信じていた人達に散々裏切られて、俺はもう誰を信じていいのかすらも分からなくなっていた。


 でも違う。俺はまだ終わってなんかいない。俺には知らない事が多すぎる。


「頼む。俺をその、記憶の刻まれた結晶の所まで連れて行ってくれないかな。俺は自分の周りで何が起こっていたのか知りたい。だから元いた世界に帰らなきゃいけないんだ。その為には、今いるこの世界が何なのか知る必要があると思う。」


 俺の返事に納得した様子でジュードは言葉を返した。


「お前も僕も、元いた世界に帰りたい。目的は一致したな。戦闘は僕に任せろ、その代わりお前は頭を回せ。ここがお前の作り上げた世界ならば、お前にしか分からない事も多いだろう。」


「あぁ、よろしく。ジュード…!」



 こうして、ジュードと俺の記憶を巡る旅が始まった。




 ─2─


 ───北西にある雪山。その山頂部。


 吹雪が酷く、足場も悪い。この山で登山やウィンタースポーツを楽しもうとする者は到底存在し得ないだろう。最近は凶暴な魔物が現れるという噂も広まっている為、自ら近づこうとする者は一人もいない。訪れる者がいないので、全ての話は噂の域を出ないのだが。


 山頂部にそびえ立っているのは、石造りの巨大な洋館だ。人の訪れないこの場所では異質なその建物の中で、その男達は話をしていた。


「どうやら記憶の結晶の存在に気がついたようです。」


 最初に口を開いた男は、まるで優等生を思わせる立ち振る舞いをしていた。清潔に整えてある短髪に黒縁の眼鏡をかけてスーツを着こなす彼の姿は、この世界においては異質さを表現するには十分だった。


「予想よりも早かったな…魔物達を飼い慣らしていた甲斐があった…良い。」


 2m近い巨体を持ち、人ならざる者の雰囲気を纏う男が、優等生の彼の言葉にゆっくりと、低い声を響かせるようにして答えた。


「ガントゴーレムに始末させる予定だったのですが、どうやら協力者がいるようです。相当な手練のようですので、私が直接始末します。」


「あの岩の巨人か。で十分だと考えたお前の落ち度だな…次は頼むぞ。お前がダメならシャドウを使う事になる…それは少々面倒だ…。」


 優等生のような彼は、巨体の男に一礼すると踵を返し、虚ろな目でしっかりと前を見据えながら石造りの建物を後にした。


「スゴウショウマ…君の世界は、君の能力は、とても素晴らしい。」


「だが、君の手には負えない。この力は、私が支配する。」


 怪しげな二人の影が、ゆっくりと確実に迫ってきている。

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