巨躯との邂逅


 ─1─


 俺が夢の世界と思われる場所で行動を開始してからかなりの時間が経った。


 体感だともう丸一日くらい経っているのだろうか、俺は宛もなくさまよい続けていたせいで疲労と空腹と喉の乾きがピークを迎えていた。着ている服が学校のジャージで動きやすいのが唯一の救いだろうか。


 どこまでも続いていそうだと思っていた草原は先程あっさり終点を迎え、今は岩壁と木々に囲まれた林のような場所を歩いている。


「腹減った…喉乾いた……あぁ…めちゃくちゃ疲れた…。」


 俺はこの林に入る少し前から、この世界が夢の中という事にすら懐疑的になっていた。だってそうだろう、感覚があまりにもしっかり再現されすぎている。


 少なくとも俺が十四年間で何度も見てきた夢の中では、腹が減ったり足が棒になるほど疲労を感じたりしなかった。


「なんなんだここ…もうワケわかんねぇ…。」


 今いる世界に対しても、少しずつ不安が募ってくる。


 ───その時だった。


 強烈な爆発音が耳を突き刺す。


 木々が燃える音、周囲に巻き起こった土煙が視界を遮り、地面に落ちる度にパチパチと音を立てている。


「なんだ……!?」




 ─2─


 爆発が起こった方向から土煙が巻き起こっている。視界が遮られていてよく見えない、だが───


「おいおい、動いてねぇか…?」


 巨大な何かが、まるで歩いてきているかのようにゆっくりと地面を踏み潰す音がする。大きな音の度に土煙が巻き起こっては消え、そして新たな土煙を作り出しながら…。


 ───こちらに向かってきている…。


「ヤバい…ヤバいヤバいヤバい…!!なんか分かんねぇけど絶対ヤバい…!!」


 俺は全速力で来た道を折り返して逃げたが、少し走った所で絶望した。


(どこから来たかわかんねぇ…!)


 来る時は適当に歩いていて気が付かなかったが、この林は一本道じゃない。これではどこから来たかわからない。


 俺はとにかく轟音と逆方向に向かって走った。ひたすら生存本能に従って走っていたせいか、疲れも空腹も、喉の乾きも一切気にならなかった。


 200m程走っただろうか、そこで俺は最悪の事態に気がついてしまった。



(音が…さっきより近づいてる……)


 俺は速度を緩めて後方を確認した。



 赤く光る球体と、が合った。


 近づいてくるそれには、目があった。


 直後、目を持つ巨体によって土煙が払われ、その全貌が明らかになった。



 ───巨人だ。


 俺を追ってきているのは、複数の巨大な岩がくっついて出来ているような、岩の巨人だった。


 巨人は一瞬だけでも足を緩めてしまった俺の隙を見逃さず、巨大な岩の腕をゆっくりと、勢いよく繰り出してくる。




 ─3─


 岩の巨人が放つ巨大な岩の腕がゆっくりと、力強く俺の方へ向かってくる。


 巨岩の腕は俺の目の前の地面を陥没させるように抉り、インパクトの衝撃で強烈な風圧を放って俺を後方へ吹き飛ばした。


「かはッ…!!」


 吹き飛ばされた俺は後方にあった岩壁に激突し、岩が鈍い音を立ててヒビを入れた。


 岩壁に叩きつけられた背中に不快感がした俺は、恐る恐る背中に触れてみる。触れた手を戻して確認した時、俺はその色に恐怖を覚えた。


 ───血だ。


 人間の体は不思議なもので、自分が負傷していると自覚すると急に体が痛みを認識し始める。俺は背中に走った強烈な痛みに絞り出すような叫びを上げた。


「うッ…ぅぅぅぅうううッ…!!!はッ……はぁッ……!ふぅーッ…ッはぁッ…」


 息が吸えない、吸えたと思ったら、今度は吐くことが出来ない。


 岩の巨人は俺の助けを乞うように怯えた目を見ても、一切手を弛めることなく次の一撃を放ってくる。


(なんだよこれ……なんなんだよ!!!)


 あまりにも強烈な痛みという感覚に、俺はこの世界に対する不信感が極限まで高められた。


(夢じゃないのか……ここは……)



 このままだと、俺はこの岩の巨人の腕によって潰される。


 このまま死んだらどうなるのだろうか。あっさり目が覚めて地獄のような現実に引き戻されるのだろうか。


 それとも、本当に叩き潰されて死んでしまうのだろうか。



 ────────────────────



(俺、死ぬのかな。)



 都田はなぜ、いつから俺の事が気に食わなくなってしまったんだろう。


 あんなに仲が良かったのに。毎日一緒に遊ぶくらい。それがいつからか、お互い友人が増えてきたり、部内でいざこざがあったりして、段々二人で言葉を交わす機会も減ってしまっていた。



 佐藤は、本当に俺を騙したのだろうか。

 彼女は都田や齋藤、土屋と結託して俺を騙したのかもしれない。それでも彼女が見せてくれた笑顔や態度は、とても嘘に見えなかった。


 なのに、俺は真実を確かめようともしないまま、感情に身を任せて彼女を突き放してしまった。



 ───本当に、俺の全ては終わりなのだろうか。



(いや、まだ終わりじゃない…)


 そうだ。俺は何も知らない。事が起こった原因も、真実も。



(だから、俺はまだ死ねない…!!)



 巨人の腕が、すぐそこまで迫っている。



 俺はその瞬間、ふとの姿が思い浮かんだ。


 枕横に置いてあったゲーム機で、毎晩遊んでいたゲームソフト、その登場人物。


(あいつみたいな…力があればなぁ。)


 そんな俺の願いも虚しく、巨人の腕は俺を叩き潰した。



 ───筈だった。


 突如、紫色の強い光が辺りを照らし出す。


 突然至近距離で発光したそれに、俺の目は眩んだ。


「うっ…!眩し…。」


 徐々に光が落ち着いてきて、俺は恐る恐る目を開けてみた。最初に視界に映ったのは岩の巨人───では無い。黒いマントを羽織り、両手に刃物を持った男───


 男は右手で逆手に持った短剣を顔の近くまで持っていき、左手に持つ長剣を前方へ突き出して構えを取る。直後、上空に巨人さえも凌駕するほどの巨大な円陣が複雑な模様を描いて発生し、中から巨大な紫色の槍が出現した。


「───黒槍」


 男はそう呟くと、上空の槍を掴むようにして勢い良く飛び上がり、掴んだ槍を横たわる岩の巨人へ投げつけた。


 槍が風を切るように音を立て、目にも止まらぬ速度で巨人へ突進していく。信じられない速度で向かうその槍は一瞬で巨人の岩の体に突き刺さり、岩がバキバキと耳に突き刺さるような轟音を響かせながら割れていく。


 ───ジジジ…ガガガガガガガガガ



 しばらくして音が止み、紫色の光もいつも間にか消えていた。


 二人の間に、五秒ほどの沈黙が流れる。



「あ…ありが───」


 男は俺の感謝の言葉を遮った。


「お前か、僕をこの世界に呼んだのは。」



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