真相
(俺は、ターゲットにされたのか…?)
(いじめの、ターゲットに…。)
─1─
俺はその直後、体調不良を顧問に訴えて早退した。
考える事は山ほどある。俺は帰宅するとすぐに自室のベッドに潜り込み、枕横にあるゲーム機の存在をシャットアウトして思考を巡らせた。
佐藤がなぜ俺を騙したのか。
親友の落合はそれに一枚噛んでいるのか。
齋藤と土屋が俺をはめたのか。
そしてそれらを考えるきっかけになった、コートでの皆の俺を見る目と笑い声。
───幼馴染の都田でさえ、俺を笑っていたのは何故なのか。
そもそも都田はなんだ。あいつは誰の味方なんだ。
都田は佐藤と夏休み前まで付き合っていたし、齋藤とはペアだから仲が良い。都田と土屋は他部の部長同士なので交流しているのを何度も見た事がある。そして落合は、彼らのいじめの対象だ。
ただ、それでも信じられなかった。俺の知る限り都田は大人しくて、謙虚で、誰かを攻撃するような事は決してしない。そういう心の優しい人物のはずだ。思い返せば一年生の後半にある事件が起こってからは、以前よりも会話の数が減った気はするが…。
小学生の時からずっと一緒にいたあいつは、少なくともそういう奴だと信じている。
俺は、佐藤、落合、齋藤、土屋、都田という単語と、ここ二ヶ月で起こった出来事を何とか整理して一つずつ線を結ぶように考えてみた。
最悪の結末にだけは、なって欲しくない。そう願いながら考えたつもりだった。だがどうしても結論はそれ以外の場所へたどり着かないのだ。
どうやっても彼らの関係性が全てを繋げてしまう。
俺は堂々巡りになる思考から開放されたい一心で、覚悟を決めた。
(確かめよう…もう怖いなんて言ってられない…)
─2─
2010年12月20日
週明け、俺は朝練を休んだ。あのテニスコートにはとても行ける気分では無い。疑惑を払拭しなければ、大好きなテニスも手につかないと思った。
そして放課後、俺は誰もいなくなった薄暗い教室に落合を呼び出した。
「よう、落合。」
「あ、うん。どうしたの?用ってなんだい…?」
落合は俺の放つ異様な空気感に気づいたのだろうか。明らかに不安がっている。
「聞きたい事があるから、正直に答えてな。二ヶ月前、俺に佐藤の事を伝えに来たのは、齋藤と土屋の命令?」
「え、何…どういう事…?なんの話をしてるんだよ…。」
動揺している。落合は天然パーマを更にクシャクシャにするようにかき混ぜながら答えた。
俺はその一瞬で落合が嘘をついている事を見抜いてしまった。髪を掻き乱すのは、罪悪感がある時の落合の癖だからだ。
静けさが漂う教室の中、硬直したように一言も喋らなくなった落合に痺れを切らした俺が口を開く。
「お前さ、ホント都合良いな。散々助けて貰っといて自分が悪い事したらだんまりかよ、え?ふざけてんのか?」
それでも落合は、顔を下に向けたまま動かない。俺は埒が明かないと思いその場を後にした。
「もういい、直接確認する。」
わかっている、わかっているのだ。自分が焦っている事は。それでももう、俺は自分を止められなくなっていた。
────────────────────
俺はテニスコートに向かった。あそこは今、真実を知る為の絶好の場所になっているはずなのである。
とはいえ、もちろん馬鹿正直に殴り込むつもりは無い。あそこには死角がある。
テニスコートは学校の一番東側に位置しており、グラウンドと道路に挟まれている。道路側には身長165cmの俺の首にかかるくらいの高さの垣根があり、その向こう側には普段荷物置き場兼休憩スペースとして利用している段差があるのだ。
俺は道路側に回り込んでしゃがみ、垣根に身を隠した。途中、隣の高校生が不審がって見ていたが全く気にならなかった。俺の意識は既にコートの中にしか向いていない。
そろそろ休憩に入るはずだ───
「いやー、あいつ居ないとマジで居心地良いわぁ〜。」
鈴木の声だ…俺に聞こえるように暴言を吐いた、あいつだ。
「でも土曜日のは流石にやりすぎたんじゃねぇ…?」
これは、齋藤の声
「いや、それお前が言うかよ。」
都田だ…。幸か不幸か、俺が最も聞きたかった声が三つ揃った。
「いや、にしてもホント上手くいったわ。あいつ気に食わねぇから、どうやったら居なくなるかずっと考えてた。」
都田だ、間違いなく都田の声だ。だが、言動がおかしい。こいつは本当に俺の知っている都田なのか?
次に聞こえてきたのは齋藤の声。
「つか今更かも知んないけどさぁ!流石に役職つかせたのはエグすぎん?」
役職…?副部長の事か。どういう事だ。
「あぁ、俺が部長になるのはほぼ分かってたから、前部長にお願いした。副部長は菅生にしてくださいって。」
俺が副部長になったのが、都田の推薦…?どういう事だ。
「あいつが役職持ったら張り切ってやると思ったのよ。普段から口調も強いし、周りにも発破かけるだろ。そんなんやる気のないうちの部でやったら簡単にヘイト集まるでしょ。」
信じ難い会話内容に、俺は硬直すると同時に心臓の当たりが締め付けられる感覚を覚えた。もういい、聞きたくない。
都田の言葉に齋藤が質問を投げかける。
「しかも、極めつけは佐藤かよ…。都田くん人の心ないべ!」
「あぁ、佐藤ね。あれは───」
俺にはもう、彼らの声は届いていなかった。
自分の役職すら、俺を陥れるための罠だった。俺はどこまで徹底的に追い詰められていたんだろう。放心状態になった俺は、肝心の佐藤の話を聞き逃してしまった。
体が硬直して動かない。そんな俺のスイッチを強制的にオンにするように、顧問の集合の合図が掛かった。
───帰ろう。そう思った直後だった。
「お前さ、もうここに来んな。邪魔なんだわ。」
一瞬誰に話しかけているのか分からなかったが、明らかにそれは俺に向けられた言葉だった。都田は、俺の存在に気づいていたのだ。
気づいていて、あえて話していたんだ。
俺の中の恐怖が一気に膨れ上がっていき、呼吸が荒くなる。都田がその場を去った事を確認すると、俺の体は自動で動くようにして家路についた。
─3─
帰宅すると様子のおかしい俺を見て母が声をかけてきたが、何も考えられなくなってしまっている俺にはなんと言っていたのか聞き取れず、無視するようにして自室に篭ってしまった。
ベッドの上に身を投げる。枕横に置いてあったゲーム機がその衝撃で床に落ちた。
体が動きを止めた途端、頭の中は急速に回転を始めた。
───終わりだ。俺の学校生活も、努力の日々も全て。
学校にも行ける気がしない。もう誰も信じられない。幼馴染も、親友も、部活の仲間も、好意を向けてくれる人も。
やめろ、考えるな。思考を止めろ。これ以上辛い思いをしたくない。怖い…怖い…!
頭が熱を帯びたように熱くなる。呼吸が荒くなる。涙が止まらない。
───感じたことの無い恐怖
───信頼が築き上げた高い建物から俺を躊躇無く突き落とす悪意
───自分がどうしてこんな目に遭わなければならないのか。そういう周りに対する、怒りや憎悪。
負の感情だけが自分を支配していくような感覚に囚われながら、俺は徐々に泣き疲れていく。
溜まっていく疲労感に敗北した俺は、そのまま落ちるように眠りについた。
────────────────────
普通眠れなくなるんじゃないのか、こういう時って。
疲れていたのかもしれないが、案外あっさり眠りに落ちてしまった自分の体に少々呆れてしまった。
「って、あれ…?」
どうして俺は今「眠りに落ちた」という感覚を覚えているのだろう。今眠ったという感覚があるのだろう。
うつ伏せの状態から顔だけを起こしてみる。目の前にあるのはベッドの上に乗っている敷き布団などでは無い。
「芝生…?いや、違う。」
俺は焦って体を起こしてから辺りを見渡した。
俺の視界に映ったのは、自室の風景などではなく、どこまでも広がっていそうな広大な草原だった。
──────第一章 現世編───────
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