2010年11月11日
─1─
2010年11月10日(約1ヶ月前)
水曜日、週の中日は誰もが多少なりとも疲れを感じてしまうものだと思う。一週間の中で一番学校をサボりたくなるのは月曜日だが、二番目は間違いなく水曜日だ。そんな風に以前は考えていた。
だが、今の俺は平日だろうが休日だろうが関係なかった。学校が楽しい。なぜなら俺にはとても可愛い彼女がいるから。
俺と佐藤が付き合い始めて大体一ヶ月。俺達は通学路が同じこともあって毎日一緒に登下校している。
今日の登校中、俺は佐藤に初めての提案をした。
「週末さ、ミフネいかね?」
ミフネとは市街地にある弥舟百貨店の事で、栃木のド田舎に住んでいる俺達が遊ぶ場所といえば誰かの家か、もっぱらミフネであった。
「いいねー!うちらの初デートじゃん!」
心の底から喜んでくれているようなその笑顔に俺は気分が高揚した。
「なにするー?私映画見たいな!」
「あ、いいじゃん!佐藤は何か見たいのある?」
佐藤は「うーん…」と少し考え込んでから、少し躊躇いがちに俺の問いに答える。
「恋愛ものとかかなぁ…。今やってるはずなんだよね!」
俺は佐藤の好みがまだ分かっていなかったので、彼女を優先する形でその提案に乗った。
「いいね!じゃあそれ見るか。予約とか俺やっとくよ。」
サクサクと話が進む中、佐藤は気を遣うように俺にたずねる。
「菅生は?見たい映画とかないの?」
こういう時は「特にないよ!」と答えてしまうのが大人の対応なのだろうか。俺はその問いに少し遠慮しながら、素直に答えた。
「あぁ…気になるのはあるんだけど、ちょっとグロいと思うんだよね。」
その言葉に佐藤は意外な反応を示した。
「え、もしかしてさ…菅生が見たいのってあのデスゲームのやつ…?」
彼女があの映画を知っていた事に驚いた。そんなに宣伝もされてないような映画なのに。
「あ、そう…!佐藤知ってんの!?」
「あぁうん…実は、ほんとに見たいのはそっちだったりするんだよね…。」
「ただ初めて行くデートで見たいのが、デスゲームが題材のマイナー映画って…ちょっと可愛げ無いかなと思って…えへへ」
佐藤は結構見え方を気にする子のようだ。芸能人だったから、職業病なのだろうか。彼女の人となりが少しだけわかった気がして、俺は思わずにやけてしまった。
「ならさ、デスゲームの方見ちゃう…?俺も佐藤も好きなんだし…?」
「うん!!!!もちろん!やったぁー…!すっごい楽しみ!!!」
俺達は結局、初デートでデスゲームが題材のマイナーな映画を見ることになった。
─2─
学校に到着した俺達は解散してそれぞれの教室へ向かっていた。
教室の前まで足を進めたところで、意外な人物がまるで俺を待っているかのように立っているのが目に入る。
「齋藤…。」
「ああ、菅生。ちょっといい?」
俺と齋藤は部活での付き合いくらいで、校内でわざわざ俺を待っているような事はそうそう無かった。だからこそ、今彼が俺の目の前にいる事態の異様さに身構えてしまう。
「どうしたん?あぁ、わりぃ今日朝練行けなかったわ。」
「いやまぁ、俺も行ってねえから別にいいんだけど。それよりちょっと言っときたい事があって。」
妙に勿体ぶる齋藤の様子に痺れを切らした俺は彼に尋ねた。
「何?もしかしてまた落合と関わんない方がいいとかそういう話しに来たんか。」
俺が落合の話を持ち出したのは、彼が虐められていたからだ。この齋藤という男をはじめ、校内で頻発しているいじめの主犯格達に。
正確には齋藤と柔道部の土屋、そして彼らの言う事に逆らえない他の生徒達だろうか。
うちの学校は決して治安が良くない。むしろ悪いと言ってしまっていいのだろう。特にうちの学年は、土屋を筆頭に気分でターゲットを変えては罵声を浴びせる、暴力を振るうといったいじめが頻発していた。酷い時は自分たちの悪事を手伝わせることさえある。
それを見ている周りの人間は助けるどころか自分が照準の範囲内に入ってしまわないように避けている。だから誰も止めようとしないし、大人に伝えようともしない。
だから、俺は齋藤が嫌いだった。
「いや、落合の話じゃねぇよ…。」
「だから、じゃあなんなんだよ。」
俺は不安もあって無性にイライラしてきた。
「お前、遊ばれてんのよ。」
「誰に?何を?」
「お前、佐藤に遊ばれてるよ。」
一瞬俺の脳はショートしたように思考を停止した。
「…は?」
齋藤は急に饒舌になって語り始める。
「いやー、俺も言うか迷ったんだけどさ、流石に可哀想じゃね?って都田くんと話してたのよ。最近お前、すっごい楽しそうだったし?」
「都田も知ってんの?ていうかその話どこまで知られてんの?」
俺はこの話がどこまで広がっているのか不安で仕方がなかった。
「俺と都田くん、あとは土屋くんかなぁ。わからん、もっと広まってるかもしれないけど。」
あんまりだ。
俺が幸せそうにしている姿を、周りの奴らはどう思っていたのだろうか。哀れだと思いながら見ていたのだろうか、そう思うと俺は急に惨めな気持ちになっていった。
プライドがズタボロにされたような気持ちになった。自分の惨めさに向き合い終わると、俺の心は急速に怒りによって支配されていく。
「わかった、サンキュ。」
その日の帰り道、俺は一人で自転車を漕ぎながら、胸に一つの覚悟を抱いた。
─3─
「ごめん。別れて欲しい。」
翌日、俺は佐藤に別れを告げた。
佐藤は一瞬驚いて目を見開いたように見えたが、すぐに返事を返した。
「あー、そっか。うん、分かった。」
佐藤はあっさりとそれを承諾し、俺達の関係は僅か一ヶ月という短い期間で終わりを告げる事となった。
(やっぱそういう事か、そうだよな。普通もっと理由とか聞くよな。)
今思えばもっとちゃんと考えるべきだったのだろう。冷静に、ちゃんと彼女と向き合うべきだった。
────────────────────
2010年12月18日(現在)
今振り返れば、あの時から既におかしかった。
学校で男子から引く手あまたの女子が、ほぼ関わったことの無い俺と付き合うだろうか。
もちろんその疑念はあった。ただ、自分の幸せが簡単に崩れ去ることが怖くて、目を背けていたのだと思う。
そういえば佐藤の事を伝えてきたのは落合だった。じゃあその情報源は?
俺が佐藤に騙されている事を、わざわざ伝えに来たのは誰だ?
そして、そもそもなぜ佐藤は俺を騙すような真似をしたのだろうか。
俺の頭の中で全てが目の前にいる人物を介して繋がった瞬間、全身から急速に熱が奪われていく感覚を覚えた。
(聞け、今齋藤に…)
(簡単だ、反対側のコートまで歩いて、問いただすだけでいい。)
(いつも通り、齋藤を詰めれば良いだけだ。何度落合と関わるなと言われても、俺は何度だって刃向かってきたじゃないか。)
(行け…行けよ…!)
ダメだ。怖い。
何が怖いのだろう、齋藤達によってこき使われた落合が俺をはめるのに協力した事が?あんなに笑顔で一緒にいてくれた佐藤が、齋藤達とグルだった事を知る事が?
───違う。
俺は、ターゲットにされてしまったんじゃないか。それを知ることが、ひたすらに怖かった。
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