第一章 現世編
裏切りと追放
現想 -Prologue-
───終わりだ。俺の学校生活も、努力の日々も全て。
あなたにはこのような経験はあるだろうか。どんな些細な事がきっかけでも良い、自分の居場所が奪われた、大好きな何かを取り上げられた。あるいは、自分が少しずつ積み重ねてきたものを一瞬の間に崩された。そういう経験をした事はあるだろうか。
少なくとも俺は、十四歳でこんな地獄を、まさか自分が味わうことになるなんて想像もしていなかった。散々目の当たりにしていたにも関わらず、自分に降りかかる事は無いだろうと無意識のうちに考えていたのだから、今思えばなんて自己中心的な考え方なのだろうと思う。
あなたが何年生きているのか俺には知る術も無いが、その幾年の間にもう全てが終わったと思える経験があるのなら、この物語をどんな気持ちで読んだのか、読後にぜひ教えて欲しいと思う。「終わったと錯覚した者」同士、是非腰を据えて話がしたい。
─1─
2010年12月11日、土曜日の朝。
(あぁ、また悪夢か。)
寒さが本格的に肌への痛みとして実感できるようになり始めた頃。
最近良く悪夢を見る。自分が何だかとんでもない巨悪になってしまうような、そんな夢だ。夢の中なのだから自我はないし、そこに俺の意思は欠片も介在していない。それでも夢の中で自分と思われる人物が悪意の限りを尽くしている様子を見た後の目覚めはどうしても後味が悪い。
鮮烈な夢を見た後に襲い来る特有の余韻に複雑な気持ちを抱えながらも、俺は所属しているソフトテニス部の午前練の為、枕横に置いてあったゲーム機の誘惑を振り切ってベッドから起き上がり、家を出た。
耳にかかる髪をよけてから片耳にイヤホンをし、当時仲間内で流行っていた女性三人組アーティストのテクノポップを聴きながら通学路を自転車で走る。目にかかる前髪は風でなびいて視界を作り出してくれるが、そろそろ切らないと頭髪検査で引っかかるかもしれない。
しばらくすると前方に見覚えのある自転車が見えたので、俺は流れるようにイヤホンを外して運転手に声を掛けた。
「
「おう、おはよ。」
まだ頭が起きていないのか、かなり低いテンションで俺の呼びかけにこたえる彼は
運動神経が高く、未経験ながらも一年次からエースの座を守り続けており、実力としては三番手である俺も公式戦で彼に勝利した事は一度もない。彼のペアは学年で唯一の硬式テニス経験者の齋藤という男で、この二人が組んだ事により彼らのエースの座はより強固なものになっている。
だからこそ、三ヶ月前の代交代で彼が部長に任命された時は納得の感情が滲み出る拍手が巻き起こった。
役職が実力で選ばれる傾向にあるうちの部で彼が部長に選ばれる事はほぼ必然だったが、一方で副部長の任命の時に呼ばれた名前は誰も予想していなかった人物だった───
───
そう、呼ばれたのは俺の名前だったのだ。
傾向通り行くのであればペアである齋藤になるかと思われたが、選ばれたのは俺だった。
任命の際は全員不意をつかれたようなまばらな拍手が起こったのを覚えている。
俺は任命の後、なぜ自分が選ばれたのかをしばらく考えてみたが、齋藤には他人を見下したり自己中心的に振舞う節があった。だから彼を選択肢から省き、大人しい都田とバランスを取る目的で、威勢が良く周りに発破をかけられる俺が副部長に選ばれたのだろうと考えていた。
学校へ向かう通学路の途中、二人の間には心地よい静けさが漂っていた。付き合いが長くなってくると話題がなければ無理に会話したりすることもないので、俺は流れに身を任せて口を閉じていた。朝だし、寒いし。会話する元気も出ないだろう。
眠気のせいで頭の冴えない俺達は、あまり多くを語ること無く学校までの通学を終えた。
─2─
準備運動を終え、俺たちは顧問の指示に従って練習を開始する。
俺はペアの瀬川という男とウォーミングアップを開始し、続けていつもの練習メニューをこなしていく。
「おーけーおーけー!調子良いよー!将ちゃん!」
俺は瀬川が繰り出す容赦の無い球に全集中を注ぎ、その一つ一つが100%の完成度になるよう打ち返していた。
そして、最後はこの日のお楽しみ───
ペア対抗試合である。結局パーツを分解してそれぞれを磨くよりも、組み立てた完成品を実際に動かしてみる方が楽しいもので、俺達は皆、この対抗試合の存在で午前練のモチベーションを保っている節があった。
そして、その日の俺達の戦績はまさかの全勝。うちのエースである都田齋藤ペアにすら勝利した。歓喜のあまり、俺は大声で叫んだ。
「よっしゃぁ!!!!!全勝ぉ!!!!!」
練習を終え、いつもの荷物置き場で腰を下すと砂漠化した喉が急激にアラームを鳴らし始めた。集中するといつもこうだ。きっと悪い癖なのだろう。
カラカラに乾いた喉にスポーツドリンクを流し込みながら周囲を見ていると、俺の心の中を不快感が渦巻くような感覚が襲った。
不満げな顔をしている俺へ、唐突にペアの瀬川が話しかけてくる。
「へい!将ちゃん!どうした!!!」
不意に俺の肩へ飛んできた平手打ちに一瞬覚えた苛立ちを抑えながら俺は彼に答えた。
「いや…大会近いのにあんまやる気感じねぇんだよな、あいつら。」
「まぁー、次の大会に出れるのは俺たち含め四番手までだからねー。他の皆はそこまで意識してないでしょ。番手もまず変わんないだろうし。」
俺たちの部では、四番手までとそれ以降で大きな壁があった。大会に出られるのが四番手までというのは結構良くある話なので、経験の差が出てしまうのだろう。
「まぁ、一番手もずっと変わんねぇけどな。」
その言葉に瀬川は少々興奮気味に返す。
「いやゆうても俺たち狙えると思うぜ?トップの座。最近の将ちゃん成績も実力も都田ちゃんと変わんねぇじゃん!」
その言葉に発破をかけられた俺は、力強くその言葉に応えた。
「いや、ぜってぇ越えるよ。県トップ狙ってんだ俺は。都田に負けてるようじゃダメなんだわ。」
決意するように俺は瀬川の方を見た。
昔から俺は、都田には何をやっても勝てなかった。
徒競走でも、勉強でも、大好きなゲームでも。あいつはいつも俺より少し上だったのだ。
それでも、テニスでだけは負けたくなかった。生まれて初めて寝食を忘れて頑張りたいと思えた競技だったから。
─3─
一週間後、12月18日。
いつも通りだと思っていたその日の練習は、俺にとっての地獄の始まりだった。
「あぁぁぁ!!なんなんだよマジで!!!あいつキメぇわ!!!!」
(は?)
それは、俺が放ったサーブが僅かに軌道を逸らしたことで返せなかった齋藤の叫びだった。
叫ぶ彼に、ニヤニヤしながら寄っていく人物がいる。
鈴木。俺の一つ下の番手の男である。
「なんかぁ〜、最近外部でまで習い始めたらしいよぉ〜。よくウチであんなガチれるよなぁ。」
彼は俺に少しだけ聞こえる声量で齋藤に言った。
(何…?この空気…。)
異様だった。明らかに悪意を感じる。俺は何が起こっているのか分からなかった。
俺は恐怖を感じながら周りを見渡してみた。すると想像もしていなかった光景が目に飛び込んでくる。
(なんだよ…お前ら……)
(お前らなんで……俺を見て笑ってんだよ…。)
(そうだ…都田、都田は……)
俺は助けを求めるように都田の方を見た。しかし俺の願いは彼の姿を見た事で無惨にも砕け散っていく。
笑っていた。都田は俺が今まで見たこともないような醜悪な笑顔で俺の方を見ていた。
俺の居場所が一気に狭くなっていく感覚を覚えた。
何があった。どうしてこうなった。
思い出せ、いつからだ。いつからこうなった。
俺は必死に頭を高速回転させて考えた。
────────────────────
これは、俺の人生が大きく変わってしまった日の出来事だ。
大袈裟でもなんでもなく、俺はこの日を境にこれまでの十四年間と全く生き方を変えることになる。
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