第41話 太郎さん
「ぼくが着たいのは、この色打掛!!」
「なんとっ!?」
問屋さんの顔色がどんどん悪くなっていく。
「なぜなのです? お静様。当店で作った作品はこちらの三着ですよと、あれほど口を酸っぱくしてお願いましたのにっ」
ふふーんだ、と、お静さんは太郎さんの側まで走ってくると、そのまま太郎さんの後ろに隠れてしまった。
「だって、この色打掛は特別なんだもん。ぼくが不幸のどん底にいたのを助けてくれたのは、太郎様なんだ。確か、こっちの世界に着いた頃までの記憶はあるんだよ。でも、途中から自分が自分だと思えなくなって。だから、初心忘れるべからずで色打掛を一番にしました」
「では二番はどれじゃっ」
問屋さん、つばを飛ばして汚いですよぉ。
「うん、本当は一番と悩んだけど、このブルーのドレス? それにパンツもハットも刺繍やビーズなんかの飾りがとても際立っていてかっこいい!! それに、ぼくはどうしてもこの服を着てみたいんだって思う程の迫力がある」
やった!! ついにドレスが日の目を見ることができたんだぁー!!!
「うぬぅ。では三番を選べ」
「うーん? 該当作品なし。以上。ねぇ、オジサマ。ぼくはともかく、ほかの人たちにも毒を盛って、自由を奪うのって、よくないよ? ぼく、イッシー先生の解毒剤がなかったら、太郎様に毒を盛ったりしなかったもの。だってぼくは、太郎様をとても尊敬しているからね。白状しちゃいなよ。あんたが仕出かした悪さも全部さ」
ぐぐっと、問屋さんは歯噛みをすると、あたしの腕を強引につかんだ。
「はん。証拠なんてどこにもない。勝手なことばかり言いやがって。素直に石像にならなければ、この女を傷ものにするぞ」
「そいつはよくないの、問屋や」
そこに、イッシーさんまで合流してきた。
「そなたがこれまで使ってきた薬品のサンプル、及び解毒剤はわたしの手の内にある。さぁ、夏希様を離すがいい」
「ならば、この女を今ここで殺してやる」
問屋さんがたもとから短刀を取り出すなり、あたしの視界から問屋さんが消えた。太郎さんが問屋さんの腕を素早くひねり上げ、その憎たらしい面輪を砂利の上に押しつけられたのだ。
「さぁ、約束だ。問屋の一部を改良して、手芸教室を開かせる。ただし、そなたは母上も父上も殺し、お静まで自分の言いなりにするよう毒を盛った。そして我に対しても、な」
久しぶりに近くで見る太郎さんは怒っているのに本当に綺麗で見とれてしまう。
「したがって、そなたを石像の刑に処す」
「なん、だとぉ? うわぁー」
そして、問屋さんは、突然できた渦巻きの中に消えてしまった。
そして、この世界にある狐の石像を二つとも、棒切れで叩いて壊してしまった。
って、ことは?
「ヤツはもう、こちらに戻ることはできまい。多少の不便はあるが、しばらくこれで良いであろう。夏希、これまで騙すようなことまでして、本当にすまなかった」
キュンとしてしまう程強い力で抱きしめられて、あたしの頭の中に、あの日、太郎さんのお部屋で聞いた話を全部思い出した。
やっと、終わったんだ。
感激の中での口づけはとろけそうで。あたし、太郎さんも手芸も大好きです。
つづく
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