第38話 刺繍はとっても楽しい

 ヨンコさんが復活して、いよいよハットを作る段階となった。ハットはこの世界の狐さんたちもかぶっているけれど、一からみんなで作れるのが楽しい。


 テンさんという狐は、ヨンコさんの初恋だったのだという。そこを付け入られたとなって、後で殴りに行く、と宣言していた。


 ちなみに、テンさんは逃げられないようにあらゆる術が無効となる特別室で監禁され、頑丈な縄で柱にくくりつけられている。そして、どこを見てもたくさんの男衆から槍を構えて睨まれていた。


 実のところ、女中さんたちに好意を持っている男狐はたくさんいるのだ。


 気持ちが浮ついてしまうだろう、という理由で、男衆は恋愛禁止になっているけれども、きちんと誠意を込めてお互いの理解の元、婚姻の手続きが済んだら、そこでやっとオープンにできるとのことだ。


 ということで、テンさんの出番はこれで終わり。


 それにしても問屋さん、とことん汚い手を使ってくるなぁ。


 そうして無意識に、薄い生地用の棚を開ける。なんとなくだけど、ハットの前部分に刺繍を施したチュールをぶら下げたくなった。


 そう、あたしがイメージしたのは、日本の大切な文化である宝塚の男役なのだ。さすがに燕尾服を作る時間はないので、みんなにハットを作ってもらいつつ、黒のチュールに赤いバラの刺繍を施す。もちろん茎や葉っぱなんかも手縫いで仕上げる。


「すごいですわね、夏希様。刺繍というのも、なかなか面白そうです」

「面白いですよ、刺繍も。ただ普通の縫い物よりは肩のこりが酷くなりますけどね」


 ミコさんが一生懸命見ているから、あたしはいくつかのステッチを教えてあげる。するとミコさん、見様見真似でちゃんとできるのよ。


「じゃあごめんなさいですけど、刺繍部門でミコさんをお借りします」

「どうぞ。ミシンのお陰で着物ももうすぐ出来上がります」

「ありがとうございます、イチコさん」


 自然に口から飛び出した、イチコさんへの感謝の言葉に、一同がなぜかホッとしていた。やっぱりあたしがギスギスしていたんじゃ、先に進むことはできないんだな。深く反省。


 つづく




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る