第37話 素敵なオルゴール

 目が覚めた時、夢だとわかっていても、お婆ちゃんに会えたことが嬉しかった。


 そう、あたしはあたし。ブレずに進むしかない。


 そして翌朝。いきなり庭の方でヨンコさんの声がした。恐る恐る襖を少しだけ開けると、見かけない狐の獣人が、縄で囚われ一番高い枝に吊るされていた。


「よっくものうのうとこんなところまで潜り込んだもんだね。いいか、テン。お前はすでにニコに振られたんだ。今更あーしに夜這いかけようなんざ百億年早いわっ」

「いてっ。ヨンコに夜這いなんかかけるかよっ。本当のことを話すから、殴らないでおくれよ。せめて縄を解いてくれたらさぁ。ね? この通り!!」


 するとこの狐の男が、ヨンコさんからニコさんに乗り換えようとした狐なんだ。


「嫌だね。あんた、昔っから逃げ足だけは速いじゃないさ。あとはまったく驚く程鈍くさい癖に」


 そこへ、ちょうど男衆がわらわらと集まってきた。久しぶりの大捕物な感じがしたけれど、あたしはまだ浴衣姿なので、廊下に出ることはできず、細い隙間から様子を伺っている。


「こいつ!! なにを企んでうちの大事な女中たちにちょっかいをかけていんるだ!?」


 木に吊り下げられた男を、みんなで一斉に棒の先で突いている。


「それくらいでよしてやりたまえ。だが、縄は解くな。木に吊り下げたままにしておくように」


 ああ、太郎さんがとても神々しい。


「この者は昨夜、イッシーの術を破り、我の声真似をして、夏希の部屋に侵入しようとしていた馬鹿者だ」


 道理であの時違和感があったわけだ。


「テンは化けるのが得意のようでしたからね。ヨンコさん? あなたもこのお城の女中なら、こんな危なっかしい男につけ込まれてはいけませんわ」


 なんだかお話が見えてるような、見えてないような。ニコさんが振ったのは、正体を見抜いていたから?


「さてと、誰に頼まれここまで忍び込んだのかを話すがいい。いつまでも黙っているのなら、草刈り用のハサミを用意させるが?」


 そして、男衆はまた、テンさんを棒で突いた。


「わかりましたから。金になる話があるって聞いたんで、この城の女中をたぶらかして、城内がどんなことになっているのかを調べようとしたんですよ。でも、イチコさんは気高すぎるから、幼馴染のヨンコにしたんだけど、こいつからはなんの情報も得られない。仕方がないから手強そうなニコさんにアピってみたけど、当然振られた。ということです」

「テンよ。問題を恋愛とすり替えようとしても許さんぞ?」


 なんとあの温厚な太郎さんが、従者から刀を受け取り、さやを抜いた。朝日を浴びた刃がギラリと光る。


「誰に頼まれた?」

「ま、まだ死にたくない〜」

「ならば話すがよい」

「反物問屋の主ですよぉ。失敗を繰り返したもんだから、最終手段として、夏希さんとやらを殺すように仕向けられたんだ」

「そうか。そろそろ斬ってもよさそうだな」


 太郎さん物騒だけどかっこいいー!!


「だっ、だから本当ですって。主から直接、城に入るための術を破る御札をもらって。もちろん、殺すなんて思ってなくて。ちょっとだけ痛い目に合せようかな? なんて」

「あっちゃー。あーし、こんな馬鹿者に騙されてたなんて。もう男なんて信用しない」


 ヨンコさんはあたしの部屋に潜り込んで来た。いつもの勝ち気な目からは、ぽろぽろと悲しい涙が溢れ出る。


「ヨンコさん」


 あたしは思わずヨンコさんを抱きしめた。


「男も友達も、信じなくてもいいんです。その憂さ晴らしを、ぜひ手芸にぶつけてください」

「はっ。ははっ。まさかキングに励まされる日が来るとはな。ありがとう。それとごめん、五分だけ泣いてもいいかな?」

「どうぞ」


 あたしはヨンコさんを座らせると、棚に飾っていたオルゴールの蓋を開け、ネジを巻いた。


 こっちの世界の狐さんたちは知らないかもしれない。一見すると華奢で可愛らしいオルゴールが紡ぐ曲が、ど演歌だと言うことを。


 このオルゴールは、お婆ちゃんの手作りだ。だからこそ、箱の装飾はとても美しいし、遊び心のこもった選曲なんだけど。どうやらこのギャップが役に立って、ヨンコさんは、変なのと言って、五分と待たずに泣き止んだ。


 つづく

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