第34話 小芝居

「そういうことなので。夏希殿、どうかもうしばらく、この面倒な小芝居に付き合ってくれないだろうか?」


 イッシーさんとイチコさんに頭をさげられて、慌ててしまった。


「事情はわかりました。でも、あたしはこの部屋を出れば、ここでの記憶をなくすのですよね? でしたら、あたしもきっと、みなさんに酷いことを口走る可能性があります。その時はどうかお許しください」


 今度はあたしも頭を下げる。


 これで、ここで揉めているのだと、問屋に伝われば、やつらはしっかり尻尾を出すはず。


 ……いや、尻尾は最初からついてるのか。


「では、この辺りでお食事にいたしましょう。あまり時間がかかりますと、皆に怪しまれてしまいます。夏希様、わたくしのことを殴りたいと思うことがありましたら、いつでも受け止めますので」

「うーん、イチコさぁーん。せっかく仲良くなれそうだったのにぃ」


 微笑んでいた太郎さんが、難しい顔をする。


「すまないな。皆には迷惑をかけるが、やつを締め上げてしまえば、夏希にもきちんと記憶を返すからな?」

「はい、太郎さん。それまであたし、裏切り者とかって怒ってるかもしれませんけど?」

「それでいいさ」


 そして、あたしの唇に軽くチュッと音を立てて口づけた。よし、許してあげよう。


 そして素早く食事を終えて、イチコさんが襖を開けた。その瞬間、ここでなにを話していたのかをすっかり忘れてしまった。思い出そうとしても、昨夜の太郎さんとイチコさんの情事が頭をかすめるばかり。


 多分だけど、イチコさんと太郎さんは、そういう仲だったんだ。きっとそういう話だったんだ。


 あたしは急に情けなくなって、イチコさんたちを残して、部屋に向かうのだった。


「どうした? 夏キング? まーた陰気臭い顔して」


 ヨンコさんに言われて、どうしょうもない程心細い気持ちになって、大声で泣き始めた。


「こいつは恋の病だな? あーしには荷が重いや。ニコ、相手してやれよ?」

「承知いたしました。あと、一応断っておきますけど、ヨンコさんの恋人を横取りしたのではなく、相手が勝手に近づいてきただけですからね。きちんとお断りしておりますし」

「おう、それでもその後ほにゃららららぁ〜、な、ことがあったんだろ? ニコ大人だし、美人だし、あーしなんかより品が良いし。くっそ。あーしの完敗じゃねぇーかよ」


 そんなニコさんとヨンコさんのやり取りを見ていたら、頭の中でポップコーンが弾けたみたいに、太郎さんと約束したことを思い出した。


 つづく

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