第32話 作戦でした、では済まされないけれども
そうして、お昼休憩になった。みなさんはあたしの部屋で。あたしとイチコさんと太郎さんは、太郎さんのお部屋へと向かう。
なぜか緊張感のあるイチコさんが、とても丁寧な仕草で襖をあけた。
「では、みなも入ってくれ」
あたしが太郎さんのお部屋に入ったのは、これが初めて。だけど、あんまり生活感のないお部屋、って感じ。そしてお膳はすでに出そろっていた。え、えと? 上座とか下座とかわかんないや。
「夏希は我の隣に座るがよい」
「はい、太郎さん」
イチコさんも部屋に入り、そのまま襖を閉めた。
すると、掛け軸の奥に隠れていたらしいイッシーさんが現れて、思わず悲鳴を上げる。
「なかなかよい悲鳴ですな、夏希様」
「もう、そんな所に隠れてないでくださいよ」
「夏希。そなたは知らんと思うが、城の中で唯一盗撮、盗聴ができない結界を張ってあるのはここだけなのだ」
わぁ。すごいなぁ。っていうか、そんなに物騒なのか。
「まぁそれでもなぁ、盗聴はされるものとして、我々の言葉は、まったく違うものとして、敵には聞かれているのだよ。そうでもしないと、やつらはしつこいからのぅ」
そうなんだ。でもそれと、太郎さんとイチコさんの疑いが完全に晴れたわけじゃない。
だって、太郎さんは胸元がはだけていたし、イチコさんもまた、ものすごく艶めいていた。
「……と、言うわけなのだよ、夏希。夏希? 聞いておらんのか?」
「ごめんなさい。まだ心の準備ができていなくて」
不意に、太郎さんに抱きしめられた。そうして優しく髪をなでられてしまうと、離縁するかもしれない胸が痛む。別れるのなら、優しくしないで。
「夏希様、このたびはお芝居にも関わらず、不安な気持ちにさせてしまい、本当に申し訳ございません」
畳に頭を真っ直ぐにつけたイチコさんを見て、呆然としてしまう。
「夏希や、そなたは感情がすぐに顔に出る。だから、芝居のことも黙っていたのだ。すまんな」
芝居って、あの芝居のこと? でも、どうして?
「実は、イチコの兄弟の中に忍びの道に進んだ者がおる。名を明かすことはできんが、その者は反物問屋内にて潜入調査中でな。イチコからその情報や証拠を聞き出すためには、あのようにしなければ、部屋に入るしかない。ならば、みなともに騙すしかなかったのだ」
「本当ですか? 太郎さん、誰にでもそういうこと言いそうですけど?」
ここで黙っていてもどうにもならないので、とりあえず言いたいことは言わせてもらう。
「夏希様、お気持ちは承知しておりますが、わたくしが好いているのは、お城で働き始めてからずっと同じ殿方しか見えておりません」
「その、殿方とはっ!?」
うっふふっと、笑って、イチコさんは鼻の下を伸ばし切ったイッシーさんと見つめ合った。
「えええええ~っ」
つづく
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