第20話 問屋、現る
どうしてお静さんは、そこまでしてこのお城の主になりたいのだろう? 太郎さんは、これまでもお静さんの好きなようにさせていたと聞いていたのに、そんな太郎さんに毒まで盛っていたなんて。
「なんでも持ってる君たちにはわかんないよ。婆さんのお陰で家庭崩壊するわ、学校に行けばオトコオンナとからかわれて、トイレに入ることすらできなかった。ぼくの居場所は、ここにしかないんだっ」
「だから、これからも城内で好きにさせてやると約束したではないか? それだけでは満足できないのか?」
満足? と、お静さんは馬鹿にしたように笑う。
「なに? まさか、仮初めの嫁さんを仕方なく城内に置いてあげます的な? そういう我は、平等に親切なんですー、っていう好感度上げるためのぼくはあんたの道具なわけ?」
「そうではない」
「だってそうだろう? 学級委員長だけは妙に馴れ馴れしくてさ。先生が内申書をよくしてあげるから仲良くしなさいっていう条件があったんだよね。考えてみれば、ぼくはいっつも利用されてばかりだ。だから、裏のない好意なんて絶対に信じない」
「だからと言って、皆を傷つけることは我が許さん!! もういい。わかった。そなたはそういう考えしかできないのだな。ならば止めまい。出て行け」
そんな、とも思ったけれど、太郎さんに毒を盛っていたことや、あたしたちにしたことを思えば、止めることなんてできない。
「やぁやぁ、これは。随分とまたにぎやかなことですな」
全然知らない狐の獣人で、とても体格のいいおじさんは、勝手知ったるとでも言うように、開け放したままの襖の敷居を跨がず、勝手に廊下に立っていた。
「もう、遅いよ。問屋のオジサマ。おかげでぼく、殺人容疑をかけられてたんだから」
この狐が、問屋さんかぁ。よく見れば、とてもいい生地の和服を身に着けている。それに顔には隠しきれないほどの悪意がみなぎっていた。
「問屋、我に毒を盛ったのはそなたのさしがねだと聞いた。間違いないな?」
「へぇー? 毒ぅ? そいつはまた、おかしなことをおっしゃる。わしが王様に毒を盛る利点がどこにありますぅ?」
こいつ、とぼける気だ。
お静さんは素早く部屋から飛び出して、問屋さんの腕にしがみついた。
「とぼけるつもりか? 話はお静……、静男から全部聞いた」
「ひっどい!! 本名で呼ばないって約束したのにぃ」
「それ以上のことを、そなたは我らにしたのだから、仕方あるまい」
問屋さんは、そんなことより、と勝手に話をすり替える。
「そのお嬢さんが新しいお嫁さんですかね? 確か、城内で手芸を広めるとかなんとか」
そして、問屋さんは、心底憎らしい顔で値踏みするようにあたしを睨む。
「そのつもりです。娯楽がないのならば、手芸を広めればいいのです」
「ははっ。こりゃおかしな娘さんですな。趣味と商売は違う。そうでしょう? 誰もあなたがお作りになった着物を着てはくれませんて。なにしろうちの問屋は特別ですからな」
「それでも、やります。趣味と商売は違いますので。あたしの好きなようにやらせてもらいます」
「ふん、忌々しい小娘だ。なら、十番勝負だなんてまどろっこしいことは辞めにして、わしと勝負するってぇのはどうですかい? 着物は何着でも作りゃいい。それと洋服ってぇのでもかまわない。わしらの作ったものと、あんたの作ったものとで勝敗を決めましょうや。城内および、城下町の目利きから、どちらの着物を着たいか選んでもらい、数の多いほうが勝ちということでいかがです?」
目利き? けど、なんかそれだとあたしたちが不利になりそうな予感がする。少なくともこの問屋さんは、それくらいの裏工作はするはずだ。なんていっても、太郎さんを毒殺しようと企んでいたのだから。
つづく
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