第18話 苦しい胸の内 (今回も長文となります)

 その場がしらけたように解散すると、狐の獣人たちはそれぞれ、お静様を襲うだなんて最低だぜ、とか、しかも賄賂だなんて本当に最悪、とか口々にあたしをののしり、そしてそれぞれが忙しそうに散り散りになった。


 誰もいなくなった庭園で、あたしは砂利の上で情けなく涙をこぼした。どうして違うって、言えなかったのだろう? 全部誤解だって、信じてくれないとしても、訴えることはできたのに。


 いつまでも泣き崩れるあたしの後ろで、草履が砂利を蹴る音が聞こえた。


「まったく。まぁ〜だ泣いてるんっすかぁ?」


 ハッとなって顔をあげると、今日一日あたし付きの女中さんとして選ばれた三人が、バツが悪そうに立っていた。


 けど、この三人もきっと誤解したままなのだし。あたしなんかの担当になるのは嫌だよね。


「卑屈になんのは結構だけど。あーしらも仕事なんで、仕事させてくらはい。ちなみに。あーしがヨンコ、そんでこっちの丸っこいのがゴコ、最後のちっこいのがロッコ。覚えた?」

「……はい」

「辛気臭ぇなぁ」


 笑い飛ばすようなヨンコさんの声は、あたしの心を突き放す。心が冷たくなってゆく。


「それでは、夏希様のお部屋に参りましょう。ね?」


 ゴコさんに促されて、あたしは魂が抜けてしまったようにぼんやりと立ち上がった。その瞬間、砂利に足をとらわれ、無様に転ぶ。


 今朝、あてがわれたばかりの着物を汚してしまったのと、心の痛みとで、どんどん嫌な気持ちが昂ぶってきた。


「大丈夫ですか? 夏希様」

「ごめん、なさい。あたし賄賂とか、そんなつもりじゃなかったのに。それに、お静さんだって、襲われたのはあたしの方なのにっ」


 ロッコさんは優しくあたしの背中をさすってくれるけど、もう立ち上がる気力すらない。


「もぉー!! そんなんだからお静様に騙されるんだよぉー。あの人は昔からそういう人なの。たいした娯楽もないこの世界で、新人をいたぶって影でみんなで笑って。だったらなんで、みんながいる時にそう言ってやんなかったのさ」

「ヨンコちゃん、夏希様はきっと、気が動転してただけだよぉ」

「そうですよぅ。ゴコちゃんの言う通りですよぅ」


 甘いな、とヨンコさんが口を開く。


「あーしが関わった以上、負けは許さない。たとえそれが夏希様であろうとね。だから今日こそは挽回してくんないと」


 その時、あたしに手を差し出してくれたヨンコさんの手をすがるように握りしめた。


 そっか。全部お静さんの計画通りだったわけか。それなのにあたし、一人で慌てちゃって。けど、やっぱり酷い。たいした娯楽もないからって、新人をからかうだなんて。


「あっ!! 思いつきました」


 あたしの頭の中が一瞬で濃く立ち込めた霧を晴らす。


「娯楽がないなら、作ってしまえばいいじゃないですかっ!」

「たとえばなによ?」


 ヨンコさんがニヤニヤとあたしの肩を組む。


「え? では、手芸とか!」

「あんね。世の中にはチマチマしたことがだいっ嫌いなのもいるのよ? 察してくんないかな?」


 ヨンコさんはすごすごとあたしから離れてしまった。せっかくいいアイデアだと思ったのにな。


「あれぇ? そういえば、男衆が先程夏樹様のお部屋になにかを運び込んでいましたよ?」


 ……足踏みミシンかぁ。これでチャラにしてくれってことなら、はっきりと断るんだけどな。


 それに、ミシンの音がうるさいって、怒られるかもしれない。なにより今は、気持ちの回復が間に合わない。


「んだよ、気に入らないことがあんならはっきり言えよっ! あんた王様のお嫁さんなんでしょ? だったら堂々としてりゃいいじゃんか。あーしらだって、騙されてお城に連れてこられたんだ。ある意味でここにいるみんなが被害者なんだよっ」

「え?」


 ヨンコさんは、眉間にしわを寄せて、がなるように吐き捨てた。


「あーしら、兄弟が多いから、みんな成人前から奉公に出されるんだ。口減らしってやつ? 一気に十人も兄弟が産まれてみろ、まったくうんざりするぜ」


 あ。そういえば、狐さんは一回で十人から十五人産まれるんだったっけ?


「あーしの家にも、たまーに男衆が来てさ、女中奉公で働けば、食うのも寝るのも困らない、なんて嘘つきやがってさ。実際女中がまともに食える時間なんて限られてるし? 男衆には嫌らしい目で見られるし。ったく、やってらんねーぜ」


 知らなかったとはいえ、あたしは自分だけが不幸のどん底にいるものだと勘違いをしていた。そうだと知っていたら、お膳を運んできてくれた時に、もっときちんと感謝をして食べるべきだった。


「確か、ミコもあんたと同じ目にあわされたんだよ。お静さんも本当にお人が悪い。ミコが震えてたのは、自分がされたことを思い出したからじゃねぇの?」


 だからあの時、慌てて逃げたんだ。


「それにさ。この城にはお抱えの反物問屋がいてさ。あんたが着物をあつらえたりしたら、あのおっさん、頭から湯気出して乗り込んでくるぜ? うちの商売をなんだと思ってるんだー、ってな」


「趣味での手芸もダメなのですか?」

「多分な。石頭で欲深いからな」

 

 手芸に対する気持ちにゆるぎはない。けど、今はお静さんにまたなにかをされないように気をつけよう。


 勝負はこれからだっ。


 つづく



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