第17話 勝敗について
昨夜のお静さんのおかげで、一睡もできなかった。自慢じゃないけど、寝付きはいい方だ。だから余計に腹が立つ。
お静さんは一体なにがしたいの?
太郎さんだって、お静さんと仲良くなれる、なんて言っておいて無責任だよ。
人生の中で、こんなに腹が立つことは今までなかった。と、いうことは。お静さんが言ったことも一理あるのかもしれない。けど。やっぱり許せない。
庭に出ると、好機な視線にさらされる。もう、噂になってるんだ。そして、ミコさんは体をこわばらせて下を向いている。誤解を解くなんてきっとできない。
昨日の司会者さんが、今日もまたみんなをあおった。
「さぁ〜、いよいよ十番勝負の一日目!! 勝つのは誰でしょう!? それでは、結果発表の前にお静様、及び夏希様から一言づついただけますでしょうか?」
司会者さんに話を振られたお静さんは、上品な仕草でお辞儀をする。誰もが息を呑む美しさと佇まいに、うっとりと見惚れてしまう。ここにいる狐さんたちは、お静さんの本性を知っているのだろうか?
そう思うあたしの脇をわざとお静さんがすり抜けてゆく。
「勝つのはわたくしでございます。なにより、わたくしの方がより太郎様のことを理解しているつもりです。少なくとも、太郎様が熱を出しているというのに、のんきに女中に賄賂を渡そうとするような女になんか、負けはしません」
庭がどよめく。お静さんの手には、あたしが刺繍した三枚のハンカチが握られていた。いつの間に。
「しかも、夏希さんはぼくが男だと知るや、自分からぼくを推し倒し、無理やり口づけられてしまいました。ミコさんは見ていましたよね?」
ミコさんは、がくがくと震えながら、首を上下に振った。
違う、あたしの言葉は小さくて、とてもみんなには聞こえない。
「このような卑怯卑屈な手を使う者を皆が選ぶようならば、ぼくはもうこの城にはいられません。この女にすっかり辱められてしまったのですから」
庭が一層ざわめく。あたしの額から、脂汗が流れ落ちた。ここにはあたしの味方はいない。けど元の世界に帰れたとしても、あたしの居場所はもうない。
「えー、人は見かけによらないですね。夏希様は? 釈明はございますか? なさそうですね」
「あっ……」
頭の中で、子供の頃にからかわれたことを思い出す。
『雨月って、変わってるんだぜ。狐のお嫁さんになるんだってよ』
『バッカじゃねぇの!?』
大きな声で笑うクラスメイト。あたしは、本当のことだもん、とはとても言えなかった。頭ごなしに決めつけられると、抵抗することができない性格だから。
それで今も、金魚みたいに口をパクパクと動かすことしかできない。
賄賂なんかじゃないし、お静さんの方から口づけられたとも口に出すことがなぜかできない。
「それでは、女中たちの評価はいかに!? それぞれの女中たちは、好感を持ったお方の後ろについてください!!」
お静さん付きの女中さんたちはもちろん、イチコさんもニコさんも、お静さんの後ろにつく。唯一ためらっていたミコさんまで、あたしを見ないようにしてお静さんの後ろについた。そう、だよね。あんなの見られたんだもんね。
「な〜んと!! 満場一致でお静様の勝利です!!」
その瞬間、あたしは足元から崩れ落ちた。お静さんは、まんまとあたしを陥れたんだ。
つづく
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