第14話 王様のご来場〜💖(今回も長文となります)
みなさんに手伝ってもらい、濃紺の着物を着付けてもらう。うわ、なんだか背中が伸びる。洋服に慣れすぎていて、なんだか緊張しちゃうなぁ。
ちょうどそこへ、太郎さん付きの女中さんたちを侍らせて、着流し姿で歩いてきた。その風格はまさに王様! 長い銀色の髪に狐のお面。ちょこんと乗せたような狐のお耳と、もふもふの尻尾。可愛いとカッコいいがいい塩梅で混ぜ込まれていて、狐のお面をかぶっていなければ、思わず発狂してしまいそう。
けど、理由はどうあれ、やっぱり狐のお面でいつづけるのって大変だろうなぁ。暑いだろうし、蒸れるだろうし。
「おはよう、夏希。ほう? 夕べは食事をしなかったそうだが、朝食は綺麗に全部食べておるではないか」
あたしは、太郎さんに失礼がないように正座したまま少し後ろに下がると、額がカーペットに付くくらい深くお辞儀をした。
「おはようございます。太郎さん。夕べはせっかく作ってくださったご飯を食べなくて、本当に申し訳ありませんでした。これからは出されたものはすべて食べさせてもらいます」
「よい、夏希。おもてをあげよ」
はい、と短く返事をすると、太郎さんは女中さんたち全員に下がるよう促した。一足先に空になった食器を引き下げたイチコさんは、うっかり戻って来たりはしなかった。
「うかつに見られると面倒だからの」
太郎さんはそう言って、襖を閉めた。
「あ、ごめんなさい。あたし、気がきかなくて」
「よいのだよ、夏希」
そう答えると、太郎さんはおもむろに狐のお面をカーペットの上に放り投げた。わぁ、とため息が出るほどの美しさに、目が眩みそうになる。
そうして、勢い余って正面から正座をしているあたしを抱きしめた。
「着物、よく似合っておるぞ。我がこんなに落ち着いていられるのは、夏希のおかげだ」
息がかかるほど近くに、太郎さんがいる。心臓の音、聞こえちゃわないかな?
けど。お静さんと夕べ一晩過ごしたのは確かなわけで、それを意識しちゃうと、なんとなく恥ずかしくなって、太郎さんから離れてしまった。
それに、個人的な理由で、まだこの先に進むこともできないし。
「どうした? 噂ではそなたが着物をあつらえるとのことで城内が騒然としているが、本当なのか?」
「あ、はい。この着物や浴衣を元に、今日は型紙を作ってみようと思ってます」
「だが、この城ではお抱えの問屋がおる。なぜ頼ろうとしない?」
「だって、手先を使ってないと、なんだか落ち着かなくて」
まだ慣れなくても仕方がないさ、と太郎さんは優しく言ってくれるけど。
「どうした? 我が余計なことを言ったか?」
「い、いえ、あの。現実に気がついてしまいました」
「現実? なるほど?」
太郎さんは、あたしの顔を両手で優しく包み込んだ。顔が、熱い。
「そなたのことだから、きっと昨夜我とお静がまぐわったと勘違いしておるのだろうが、我らはなにもしておらん。単なる雑魚寝だ」
「ふへっ!? だって、お静さんとっても綺麗だし、ここに来て長いし、あとは、えっとぉ?」
「なんなら面すら外してなかったぞ?」
そう、でしたか。誤解しちゃって、恥ずかしいなと思っていたら、太郎さんはおもむろに刺繍したハンカチを三枚つかんだ。
「これを、そなたが?」
「はいっ。あたし、部屋は汚いけど、手芸が大好きなんです。本当は、女中さんたちにもらってもらおうと思ったんですけど、勝負の最中だから、賄賂になるって、断られちゃって」
ふすまのあかりにハンカチをかざす太郎さんは、とても幻想的で、美しくて。
「ならば、我にも一つ、こしらえてはくれんか? 大切なお守りになりそうだ」
「こんなものでよろしければ、いつでもお作りさせてくださいっ!!」
「それはそうと――」
太郎さんはあたしにもたれかかった。やだ、さっきよりドキドキしてる。
……じゃ、なくて、太郎さんが熱い!!
「太郎さん、お熱があるのではないですか?」
「さっきはあったな。確か、三十九度とか言われたような気がする」
「いや、それはもう立派な高熱ですっ。ほら、お面をつけてください。お医者さんとかいるんですか?」
あたしにもたれかかったまま、浅い呼吸を繰り返す太郎さんにお面をつけると、医者は嫌いだと子供みたいに言った。
「お面、ちゃんとつけましたね? あの、どなたかおりませんかー?」
太郎さんにもたれかかられたままで動けないあたしの声に、いち早く駆けつけてくれたのは、イチコさんだった。
「失礼いたします」
丁寧に襖を開けたイチコさんは、ぐったりしている太郎さんを見るなり、女中さん軍団を寄せ集めた。
ああ、昨日のうちに汚部屋を片付けてもらえていてよかった。
「王様、またお熱ですか? これはこれは、あなた様が夏希様でいらっしゃる。わたくしは場内の医師であるイッシーと申します。ご覧のように王様は、なにかがあると必ず熱を出してしまうのです。勝負のことは聞いておりますが、今日は寝屋には参らせませんので、申し訳ございません」
「いいえ、あたしの方こそ気がきかなくてごめんなさい」
「……る、でない」
うん? 太郎さん、熱にうかされたまま、なにかを訴えている。
「あやまるでない。悪いのは我の方、なのだから」
そうして、たくさんの人たちに担がれた太郎さんは、お面の下でしっかりとあたしを見てくれている。
「夏希よ。そなたはきっと、お静と仲良しになるだろう」
うん? 謎の言葉を残して、太郎さんは去っていってしまった。
あたし、お静さんに親の敵くらいに嫌われてるんだけどな?
つづく
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