第13話 暗黙の了解的な約束

 お嫁入りしてから初めての朝。あたしはだらしなくはだけた浴衣に気が付かないまま、なんともだらしなく寝こけていて、そこをイチコさんに起こされてしまった。


「夏希様。朝食のご用意ができております。どう致しましょう?」


 どうやらすでに、朝食は部屋の前まで運ばれてきているらしい。っていうか、だらしない姿を怒られなくてよかった。これからは気をつけて、大人しく眠らなくちゃね。


「今日は食べます!! あ、でも、みなさんは?」

「わたくし共はすでに済ませてありますので、ご心配なく」

「そう、ですか」


 それはそれで、一人ぼっちのお食事は寂しいな。


 ニコさんとミコさんが食膳を運んでくれて、女中さんの三人がそろったところで、刺繍入りのハンカチを渡そうとした。


「気にいってもらえるかわからないですけど、みなさんの名前をハンカチに刺繍してみました。よろしければ使ってください」


 わぁと声を上げたミコさんを、ニコさんがたしなめる。


「こちらは賄賂とみなされてしまうので、お受け取りするわけには参りません」

「賄賂なんかじゃないです!! あたし、昨日ここに来たばかりで寂しくて。けど、みなさんから元気をもらえたのでほんのお気持ちだけのつもりなんですけど」


 だめ、かなぁ? と上目遣いにイチコさんを見れば、それならば、と切り替えされてしまう。


「そちらのハンカチは十番勝負の勝敗がつきましたら、いただくことに致します」

「あたしが負けても、受け取ってもらえますか?」

「ええ。それくらいならいいでしょう」


 イチコさん、初めて笑ってくれた。嬉しい。


「よし! じゃあ、笑顔でハンカチを受け取ってもらえるように、がんばりますっ!! あれ? でも、肝心の勝負の内容がよくわかっていないような?」


 あたしとしたことが。勝負はとっくに始まっていたというのに。


「勝敗はわたくしどもへの接し方や、夏希様が王様にふさわしいお方かを基準で選ばせていただきます」

「そっかぁ。じゃあ初日からあたしはだめだよね。だって、みなさんに迷惑ばっかりかけちゃったもの。それに、賄賂だと思ってなかったけど、結果的にハンカチも喜んでもらえなかったし」

「わたっ、わたくしはっ!! 嬉しかったですっ!!」


 ミコさんは、顔を真赤にして訴えてくれた。おとなしいミコさんがここまで言ってくれたのだもの。それだけで十分だよ。


 まぁ、予想通り、イチコさんとニコさんには叱られていたけれど。


 そんな彼女たちを眺めながら、とても美味しい朝食にありつくことができた。なんと和食!! 朝から焼き魚にだし巻き卵、ほうれん草のおひたしにピカピカの炊きたてご飯にわかめとお豆腐のお味噌汁。


 電気のない世界で、ここまで手の込んだ物を食べさせてもらえるなんて、感謝しかないよ。


「はぁー、とても美味しかったです!! ごちそうさまでした」


 両手をあわせて頭を下げたあたしを、不思議そうな顔でイチコさんが見ていた。


 うん、勝てるか負けるかわからないけど、とりあえず今を楽しも〜う。


 つづく





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る