第11話 電気について、考える(今回は少しばかり長文となります)
あたしがぼんやりしすぎていて、業を煮やしたニコさんは、そそくさと部屋に押し入って、こちらですね、と言って、とっ散らかってる布や服、それに洗濯物なんかをテキパキと片付けて、クローゼットを探してゆく。
「あ、あの。ごめんなさい。最近仕事が忙しくて、かなり散らかってマス。あと着物は持っていません」
もうこうなったら正直に白状するに限る。けど、あんなにとっ散らかっていたものが、どんどんと片付いてゆく。なんて壮観な景色なんだろう。
「かまいませんよ? 城内では洋服でも文句は言われません。ですが、場外に出る時は、できるだけ着物で御願い致します。なによりも夏希様は太郎王様のお嫁さんなのですから」
「ありがとう、イチコさん。あと、もう一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「なんでしょう?」
イチコさんはすました顔をしながら、クローゼットで眠っている洋服が、お城の中で着られるものがあるのかどうかをを探してくれている。
「ものすごく失礼なお願いなのですが、もし、着物の型紙か、使い古した着物があったら、ほんの少しの間だけ、貸してもらえませんか? もちろん、絶対に汚したりはしません」
「かまいませんけど、そんなものをどうなさるのです?」
えっへへっと笑うあたしに、女中さんたちが不思議そうな目を向けてくる。
「着物がないのなら、作ってしまえばよいのですっ!! あたし、そういうのだけは得意なんでっ!!」
「それは、素晴らしいですねっ」
ミコさんは褒めてくれたのだけれど、ニコさんに簡単に諭されてしまう。
「素晴らしいに越したことはありませんが、ここは我々に仕事を割り振ってくれなければ、わたくし共が叱られてしまいます。どうか遠慮なさらずに、夜着は浴衣を、昼間は着物をこちらでご用意させてもらいます。もちろん、着付けもお手伝いいたしますよ」
「なんだか、なにからなにまでありがとうございます」
あたし、なにもできないんだな。ちょっとだけ悲しくなってきた。心を落ち着かせようと、ミシンに目を落とすと、とんでもない現実に気がついてしまった。
「あのぉー、ですねぇ。もしかして、こちらの世界には電気がないのかな?」
「ええ。そのようなものは邪道ですからね」
あああああー。愛しのミシンが使えないー!!
え? でも、ちょっと待ってよ。奥ゆかしい狐さんたちだもの。電気なんてなくたって不思議じゃない。むしろ、ちょっとのことですぐ電力に頼りすぎるあたしたちの方が邪道なのかもしれない。うん、なんなら手縫いも好きだしね。
「ですが、機械を使って着物を縫うという物でしたら、確か物置にあったはずですが?」
え? まさかまさかの骨董品が存在しているのっ!? 見たい!! 使うことができなくても一度この目で見てみたいっ!!
「あ、あのぉー。差し出がましいのですが、よろしければその物置に案内してくれませんか?」
あたしはイチコさんの顔色を伺いながら聞いてみる。
「使えるかどうかはわかりませんよ? なにしろあれは、お静様が途中で放り投げたものですから」
「っ!! だったらまずは、お静さんに見るだけでも了解を取らなくちゃ!! 前言を撤回します。どうかあたしを、お静さんのお部屋に案内してくださいっ!!」
「さすがにそれは無礼なのではありませんか?」
とニコさん。えーと?
あーっ!! お静さん、今頃太郎さんと寝屋を共に……。ひぃ~。
「あの、ごめんなさい。それも取り消します。けど、昼間のうちだったら大丈夫でしょうか?」
「まぁ、昼間でしたら、ね?」
ああよかった。
あたしは、女中さん三人の手を包み込むように繋いだ。
「ありがとうございます。まだまだ未熟なあたしですから、ついうっかり無礼を働いてしまうところでした。みなさんのおかげで、それを回避することもできました!! ありがとうございます!! なので、あたし、これからみなさんに御礼の品を作ろうと思うのですが、えっと……」
あたしは、綺麗に片付けてくれた画材道具の中から、鉛筆とノートを取り出した。
「この字を読むことはできますか?」
あたしは、みなさんの名前をカタカナでノートに書いてみた。
「ええ、読めますよ?」
「ありがとうございます、ニコさん。ではでは、あたしは引きこもりますので、明日の朝、またよろしくお願い致します」
「え? お食事はされないのですか?」
お食事、かぁ。お母さんの手料理、最後にもう一回食べたかったなぁ。けど。
「今は、なんだかとても頭が混乱しているので、明日の朝、いただきます。お手数をおかけしますが、どうかよろしくお願い致します」
「承知致しました。では、夏希様、どうぞごゆっくりお過ごしください」
そう言うと、三人はふすまをしめかけた。
「あのっ!!」
なのに、突然戻って来ちゃったミコさん。どうしたのかな?
「この世界には、電気がありません。なので、蝋燭をご自由にお使いください。人間界と違って暗いとは思いますが」
そう言って、ふところからマッチ棒を取り出したミコさんは、蝋燭にあかりを灯す。
「わぁ、ありがとうございます」
「いえいえ。わたくし共は、近くに控えておりますので、なんなりとお申し付けください。後ほど浴衣も持って来ますから」
そうして改めてふすまを閉めるミコさんだけど、勝手に蝋燭までつけてくれたのはうれしいけど、イチコさんたちにお小言を言われてないといいなぁ。
そうしてあたしは、昔、とても美味しくいただいたクッキーの缶を開ける。その中にはお裁縫道具がみっちり入っていた。
「あ。アイロンの代わりを探さなくちゃ」
けれど、今はこれしかできないから。
手芸で使う布の入った衣装ケースを引っ張り出して、ガーゼを丁寧に寸法して、三枚分に切り分けてゆく。もちろん、端の処理も完璧だ。さぁーて、女中さんたち、少しは喜んでくれるかなぁ?
つづく
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