第5話 さっそくの案件

「あ、あのっ」

「うむ? どうした?」


 ゴシゴシと涙を拭う。こうなったらもう、覚悟を決めなきゃっ!!


「あたし、あなたのことをずっと待ってました。そのせいで、うっかりハゲ上司の愛人にされかけたけれど、太郎さんが前の奥さんと、きちんと離縁してくれると言うのなら、あたし、お嫁さんになりますっ!!」


 おおー!! と、どよめきと歓声が巻き起こる。いけない、ここ、縁日の中心だった。


「夏希よ」

「は、はいっ」


 太郎さんは、着物のたもとから婚姻届けを取り出すと、空中でなにやら書き始めた。


「こちらは、すでに記入済みのお静との離縁届けだ」


そう言うと、太郎さんは近くにいた足軽にその大事な二枚の書類になにかの魔法をかけて、手渡した。


「よいか。必ずこの二枚を届け仰せておくれ」


そうして、銀のろぎんを惜しげもなく袋ごと足軽に渡すのだった。


「受領証明書はなるべく早く届けてくれたまえ」

「へぇ! 行って参りやす」


足軽は、やっぱり狐の獣人だったけれど、本当に素早い速度で走り去って行った。


「これで、夏希とは正式な夫婦となった。約束する」

「はい。でも、いいんですか? 離縁届けなんて勝手に出しちゃって、お静さん怒りませんか?」


 太郎さんの奥さんになったことで、幾分か頬が熱くなっている。


「お静はいつもギスギスしているから、我でも手におえんのだ。それに、離縁届けは昨日書いてもらって、納得してもらってはいる。ただ」

「……ただ?」

「お静も他に行くところがないのでな。これまで通り、城に住ませることになる。が、我とお静は本当にやましいことはなにもない。だから、心配などするでないぞ?」


いや、前妻と一緒に暮らすなんて、どんな神経してるの?


「太郎さんさぁ」


 もうー、気持ちのジェットコースターだぁー!!


「これからは、そういう大事なことを先に言ってくれないと、あたしも離縁させていただきますからねっ!!」

「すまない。なるべく努力する」

「それと、その狐のお面よう!! もうあなたの世界にいるのならば、そのお面を外してもいいでしょう!?」

「いやっ。これはだな。そのっ――」

「いいから外しなさいっ!!」


 狐男に喰われたってかまうもんか。どんな顔してるのか、嫁には見る権利があるんじゃー!!


 そうしてあたしが無理やり剥がしたお面の向こうには、狐耳のとんでもないイケメンが驚いた顔をしてあたしを見ているのだった。


 瞬間。


 破裂音かと思うくらいの女性たちの悲鳴が鼓膜に響く。


「キャー!! 狐面 太郎王様よぉー!! こっち向いてぇー!!」

「こうなるのだ」


 そうして女性たちが太郎さんに体当りする前に、あたしは太郎さんにお面を返したのだった。


 つづく

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