第4話 え? 本物の王様だったの?

 牛車に揺られて、いつの間にかこの世界にたどり着いて、狐面 太郎さんとおなじような狐のお面を被っていたあたしは、太郎さんにそうっとお面を外してもらった。


「やはり。そなたはとても麗しく成長したな。我も、約束通り立派な王になったぞ?」


 牛車から降りても、太郎さんはあたしの手を引いて、歩いてくれる。縁日みたいな場所で、初恋の人にプロポーズされて、嬉しさと恥ずかしさとで心が高揚してくる。


 そうしてこの場所では、狐の獣人でいるのがあたり前なのだと気がついた。


「おや、どこの色男かと思えば王様じゃないか。また嫁っ子見つけてきたのかい? どれどれ、今度の嫁子は少しばかり幼い顔をしておるのぅ?」


 え? 人間が居ても大丈夫な世界なの?


 いや、そうじゃなくて。そこじゃない。


って、どういう意味ですか? 太郎さん」

「ははっ。目ざとく聞いておったか」


 顔も見えてないのに、優しく笑うし。もう、イケボじゃなかったら、簡単に落とされたりしないんだからっ。


「そなたと最初に会った時のことを覚えておるか?」

「えっと? 狐のお面の花嫁さんがいて」

「その花嫁が最初の婚姻だ。名をお静と言う」

「ちょっ、それじゃああたし、愛人のポジションじゃないっ!?」


 やっぱりあたしのことを好きになるのは変な人ばっかりだよぉ。


「愛人? お静は婚姻こそしたが、事情があってお静との間に子はできん。なにしろ我も焦っていたのでな。仮初めの婚姻だったのだ。そして立場上、次の嫁が育つまで、お静には我の嫁という居場所を与えて、好きなようにさせてきた。が、これで心置きなく離縁できる。たった紙一枚に振り回されるのは沢山だ」

「そんなの嫌っ!! あたし、あなたの離縁のために都合よく利用されただけじゃない!! 今の説明だけ聞くと、お静さんって人もなんだか可哀想だよ。なにも考えられなくてこの世界について来ちゃったけど、両親も弟もお家まであたしのこと知らなくなっちゃってるし。今さら帰っても、みんな赤の他人だし。もうヤだ、こんなのっ!!」


 ついに感情が爆発して、あたしはその場に崩折れて泣き出してしまった。


「すまない。そんなつもりはなかったのだが、そなたにはそう見えるということは、我が最初からきちんと説明していなかったせいだな」


 そういうと、太郎さんはあたしの足元にひざまずき、裸足で傷ついたあたしの足をほんの一瞬で癒やしてくれた。それから、自分の懐から新しいわらじを出すと、丁寧に履かせてくれる。


「足の傷は、まだ痛むか?」


 ううん、と首を左右に振る。


「立場など考えずに、お静をすぐに元の世界に帰してやればよかったということに、今そなたに言われて初めて気がついた。我は、傲慢なところがある。そなたに初めて出会ったのも、奇跡だというのに、そなたにはなんの説明もせず、こうして元の世界の人々の記憶を操作してしまった上に、泣かせて、悲しませてしまった。申し訳ない」


 太郎さん……。あやまらないでよ。あたしはあなたを困らせたくないのに。単なる八つ当たりだったのに。


 太郎さんはあたしの左手を取って、少しだけお面をずらすと、指輪をはめた薬指にチュッと軽く口づけた。うひゃっ。


「そなたが元の世界に戻りたいと願うなら、今すぐ帰してやろう。もちろん、皆の記憶も戻すことを約束する」

「あたし……」


 ぐずぐずと泣きながら、恥ずかしくて右手で顔を隠した。初恋の人にやっと会えたというのに、なんて顔をしちゃっているのだろう。


「あたし、待ってた。子供の頃からずっと、あなたのことを待っていたの」


 でも、理想とはかなりかけ離れていて。だから、すごく戸惑ったし、突然のことだったから、すごくびっくりした。


 けどね、それでもあたしは、あなたを待っていたの。あの日からずっと。


 だから――!!


 つづく


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る