第3話 狐につままれたような感覚

 外に出たあたしは、また驚くことになる。そこは、まるで知らない景色だった。


 うちの商店街はシャッター通りだったというのに、なんでこんなに栄えているの?


 何もかもが知らないことばかりで、どうすればいいのかもわからなくて、裸足のまま駆け出した。


 足は、自然とあの神社へと向かう。


「不思議。神社はあるんだ?」


 以前見た通りの神社は、幾分ピカピカに磨かれて、けど、そこにあった。前みたいに、きちんとお狐様の石像もある。


 すがるような思いで石像をなでると、暗い空から雨が降り始めた。あたしの頬に、冷たい雨粒があたる。どうしてこんなことになっちゃったのだろう?


 自然と涙が溢れてきて、なにもかもが嫌になった。


「えーん」


 まるで子供みたいに泣きじゃくるあたしに、傘を向けてくれる気配を感じた。ビクリと肩をすくませると、案ずるでない、という男の人の声がした。この声、もしかして?


「すまないな。雨が降り出すのが遅れたのと、そなたがなかなかあの家から出てこなかったものだから、迎えに来るのがかなり遅れてしまった」

「へ?」


 現代のビニール傘じゃなくて、古めかしい番傘を差し掛けられて、昔その声に聞き覚えのある男の人を見上げた。


「あ! 狐のお面のっ」

「覚えていてくれたか。約束通り、そなたを我の嫁として迎えに来た」


 そう言うと、彼は自分の髪を引っこ抜いて、あたしの左手の薬指に巻きつけてくれた。髪の毛だったはずのそれは、あっという間にプラチナの指輪になる。


「綺麗」

「あらためて、我の嫁になってくれるか?」

「はいっ」


 あたしは、白銀の着物を着ている狐面の男の胸に、泣きながら飛び込んだ。男は優しく、あたしを抱きしめてくれる。プラチナ色の髪が綺麗で、頭のてっぺんには可愛らしい狐の耳。そして、お尻からはふわふわの尻尾があった。


「あなたは、だぁれ?」

「ふっ。おいおい説明するさ。それ。牛車も呼んである。乗るがよい」


 男に手を引いてもらったあたしはこの時、何にも考えていなかった。


 この牛車が特別なんだってことも、男の正体も、どうしてあたしがいつの間にか花嫁衣装を着ているのかも。


 だって、牛車がとんでもない速さで駆けていくものだから、気が遠くなりかけてしまったのだ。


 そうして、意識が朦朧としながら、牛車の中で狐面の男と隣り合って座っているうちに、辺りがだんだんぼやけてきて、知らない世界へと向かっていることに気がつく。


「どこへ連れて行くの?」

「そなたが居てくれないと、我が困る世界だ」

「それって、異世界?」

「人間はそう呼んでいるな。だが、あの神社とこちらの世界は繋がっている。今なら特別に家に帰してやってもいいが?」


 あたしは力なく首を左右に振った。


「もういいの。あたしの居場所は、ここなのかもしれないから」


 そう言ったあたしの涙を、男が細い指で掬い取ってくれる。優しいんだね。


「我の名は狐面きつねめん 太郎と申す。そなたは?」

「あたし、雨月 夏希。年は――」


 狐面 太郎って、よく考えたらとっても可愛いお名前だ。ちょっと笑いかけたあたしの唇に、太郎さんの指が優しく触れる。


「この場所での年齢は、そうたいした問題ではない。今は、そんなことではないのだ」


 そう言われて初めて、ここは本当に異世界なのかしら? と、首を傾げる。


 けれど、もういい。あんなハゲ上司の愛人にされるくらいなら、太郎さんのお嫁さんになった方が光栄だもの。


 やがて、にぎやかな縁日のような場所へと牛車は案内してくれた。


「ようこそ、夏希。我はこの世界の王、狐面 太郎だ」


 うん? なんだろう? 突然ツッコミどころが満載なんだけど。


 つづく

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