第六集 王満渡の決戦
北方に逃れた
この場所は、かつて
黄巣は、当時劣勢であった曹操軍が、袁紹軍に逆転勝利した逸話を引き合いに出し、自分たちを曹操軍になぞらえて士気を上げようとしたが、追撃の恐怖と空腹に襲われている兵士たちの心には響かなかった。
また黄巣軍副将である
そんな戻ってきた刺客である
反乱指導者である黄巣や尚讓には、勝利か死かという選択肢しかない。泥船から降りるという以前に、彼ら自身が泥船そのものなのである。
そこに思い至っている霍存は、朱全忠の言葉を尚讓らに話すわけにはいかなかったのだ。
当然のように内通を疑われた霍存は、後方で捕縛される事になるのだが、彼と共に戦っていた将兵は彼の真意を問う事となり、彼の口を通して朱全忠の語った「黄巣に付いていく意味を考えろ」という言葉が将兵の間に伝播していくのである。
王満渡の戦いは、もはや戦う前から結果が見えていたといえる。黄巣軍の士気はすっかり下がり切っており、逃亡者が続出していた。
そんな中で、今まで暴れ続けてきた無敵の
その黒衣の軍団が、彼らにはもはや死神の集団にしか見えなかった。
そうして迎えた会戦では、士気旺盛な鴉軍が黄巣軍の将を次々と討ち取っていく事となる。副将だった尚讓も、この戦いで戦死した。
李克用本人、そして側近の
総崩れとなった黄巣軍の中には、正面から鴉軍と戦う事を避けて官軍に投降する事を選んだ者も大勢いた。
先ごろに内通を疑われて捕縛されていた霍存もまたその一人であった。彼は同僚の将たちに縛を解かれ、彼らと共に投降する事を選んだのである。
向かった先は、黄巣軍先鋒と鴉軍が戦闘を行っている前線から、後方に陣取った朱全忠の陣営である。
最初から待っていたかのような朱全忠は、いつもの笑顔を浮かべながら彼らを歓迎して迎え入れた。
投降した者は数百人に上り、先日の刺客であった霍存を始めとして、
朱全忠はこの時に多くの優秀な将兵を手に入れたのである。
この王満渡の戦いは、戦いの帰趨だけを見れば、黄巣の乱の最終決戦とは名ばかりの一方的な掃討戦である。だが後の時代も含めて鑑みた時には、李克用、朱全忠の両軍勢にとって、いわば草刈り場として機能していたのだった。
大敗を喫した黄巣は、一族と手勢の部下だけを引き連れて戦場から離脱し、
しかしその兵数はすでに千人を切っており、もはや軍としての再起は不可能であった。
先鋒の鴉軍に掴まれば、その場で首が挙げられるだろう。他の官軍に投降したところで処刑は免れない。ましてや裏切り者の朱全忠に投降など以ての外である。
泰山の麓の村で生まれた黄巣は、天下を回った末に、こうして奇しくも故郷に戻った形になったのであるが、もはや本当の意味での故郷に帰る事は出来ない。
彼は官軍に捕らえられて処刑されるぐらいなら、自分の生まれ育ったこの地で自決する事を選んだ。
唐王朝を揺るがせた反乱指導者・黄巣は、甥の介錯によって、自らの命を絶ったのであった。
こうして十年に渡る黄巣の乱は終結したが、時代の潮流は流れ続けている。
この乱が無ければ、歴史の表舞台に出る事が無かったであろう二人の男が、こうして力を蓄えながら、今まさに同じ地にいるのである。
「朱全忠が?」
李克用は不機嫌そうに聞き返した。
黄巣の乱も終結し、後からやって来るであろう他の官軍に戦後処理を任せ、いざ鴉軍を引き連れて凱旋しようという所で、朱全忠から書状が届いたのだ。
それは
朱全忠としては、鴉軍を擁する李克用と
しかし李克用としては、陳州での一件はそもそも朱全忠など眼中になく、以降の戦いでも鴉軍の進軍に合わせて後方でこそこそと行動する朱全忠の動きは、堂々とした戦いを好む李克用からすると、むしろ嫌悪感しか抱いていなかった。
李克用のそうした反応も予想通りであった事で、報告した史敬思も苦笑する。
「では、断りますか?」
「いやぁ、いっそ顔突き合わせて腹ぁ割った方が、互いにスッキリもしようが」
こうして李克用は、朱全忠からの酒宴の誘いを受ける事にしたのである。
手を組みたい思惑のある朱全忠と、手を組むつもりはないと最初から明言するつもりの李克用。
黄巣の乱の殊勲者でありつつ、互いに気性も思惑も違う二人が、ようやく顔を合わせる事となったわけだ。
その宴が開かれる場所が、
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