第11話 一枚の絵

 深夜の街は眠らない。


 私は深夜、街を散歩することが好きだった。


 なにをそんなに見つめているの?


 初めてあなたと出会った時に感じた気持ち。




 物乞いでもしそうな風体のおじさんが道端に座り、絵を並べて売っている。



 あなたはその中の一枚の絵の前にじっと立っていた。


 私はそんなものを無視して街を通り過ぎていく中の一人だ。



 なんの取り柄も才能もない、普通に働いて、普通に生活をして、毎日をただ、過ごしている。


 そんな、ただすれ違うはずだったあなたの言葉が聞こえてきたせいでこんな事になってしまった。


「なんでだ?」


 私に対して発せられた言葉ではなかったのだけれど。


「えっ?」


 応えてしまったものは仕方ない。


 あらためて彼に向き直る。


「えーっと、何が?」


「え?」


「なんでだ? って」


「ああ、別にあんたに言ったわけじゃない」


 そんなことはわかってる。


「ああ、うん。そうなんだけど、気になっちゃって」


 そう答えるしかなかった。

 だけど私はあなたの船に乗りかかってしまった。


 彼は私を一瞥し、再びその絵を眺めはじめた。

 無視されたという気持ちと、彼の言葉の真意が気になって仕方ない。


「あの、何がなんでだ? なの?」

「まだいたのか」

「だって気になっちゃって」


 あなたの目が。


 そこまでは言えなかったけれど。


「あんたには関係ないことだ。どっか行ってくれないか?」


「私、その絵が欲しくなったの」


 嘘をついた。


「そうか。なら好きにすればいい」


 そう言って彼は立ち去り、絵はなぜか私の物になった。




 あれから三年


 あの絵はイタリアの流浪の作家アドノンが手掛けた作品である事が正式に認められた。


 彼はあの時、まさかあんな路上で売っている物が本物だとは思わなかったそうだ。



 あの後、絵を手に入れた私は彼を追いかけ、彼にこの絵を渡し全てを話した。


 本当は絵なんかに興味はなく、あなたが気になったのだと。




 今日は、一枚の絵とあなたに出会った日。


(完)

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