第18話
左手にビデオカメラを構え、右手にスマホを持つ。ビデオカメラの方は回し続けて、スマホの方は、歩美が出てきた場面にだけ撮って、LINEですぐ夫に送る。そうすると、フルの映像は残しながら、今日ここに来れない夫にほぼリアルタイムで発表会の様子を見せることができる。
最近編み出した手法だけど、中々に手が疲れる。でも行事の時の半分は仕事で来れない夫が、以前まではいいないいなと羨ましがっていたので、この方法を思い付いてよかったと思っている。
劇の途中に小道具の取り合いをしていた去年とは違い、今年の長女は、同じ役の子が出番を忘れてしてしまっていると引っ張って行ったり、場面が変わるときのセットの変更までやったりと、しっかりとした姿を見せてくれている。
家で何度も見せられた小人のダンスも、真面目な顔をしてやっていて、失敗すまいと思っているのが伝わってくる。
やっぱり幼い頃の1年での成長は、思っているよりも大きいものだ。
長女の担任の先生は、まだ劇の途中だというのに目が潤んでいて、練習中にも先生が泣いていたと長女が言っていたから、それは本番なら途中でも泣くよなと思った。
エンドロールになると、先生だけでなく、隣に座っている美保ちゃんのお母さんも涙ぐんでいた。
え、嘘でしょ、どうしよう。
私はそのことに対して、とんちんかんにも衝撃を受けていた。
いや、そりゃあそうか、そうだ、お母さんってそういうものなんだった。
急いで自分を繕おうとしてみるけれど、上手く出来ない。
こんな時に、昔のセフレのことを考えて泣きそうになってるのなんて、私ただ1人に決まっているのに。
なんだか目の前がふわふわしてきて、子供用の小さなイスごと、自分が浮かび上がっていくみたいだ。横にいるの人も、前の人も後ろの人も、ここにいる人たちが皆遠くなっていく。
早く戻ってきなよ、と言われる。
少し前の私なら、この空間にいる皆と同じ思いを持てていた。運動会の時はそうだった。
それってとっても素敵なこと、だから早く戻りなよ、どうせすぐ忘れられるよ、子供ってそれだけでかい存在だから。あなたが一生懸命握ってるその手を離せば、また元通りになれるよ。子供の元気な姿を見ながらお酒を飲んでるだけで幸せで、節約の為になら虫歯を直せなくても平気で、将来の為にお金を貯めて生きていくことを幸せに思えるように、またすぐ戻れるよ。
待って、あと少しだけ待ってよ。あの頃の私が泣いてるの。
もしまた忘れちゃったら、次思い出すのはまたもう10年後か、それとも20年後か、検討もつかない。
忘れられない人 @kumonooukoku
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