第15話
家の近くのこのボーリング場に来るのは、多分、夫とまだお付き合いしていた時以来だと思う。
休日の家族でのお出かけに珍しくボーリング場を選んだのは何故かと言うと、もうたまにしかお出かけに着いて来なくなった長男のリクエストが、ちょうど夫の趣向にはまったからだ。
指定されたレーンの、モニターがついた小さめのテーブルに、来る前に買ったマックを運ぶ。
マックは必須だ。何故ならば6歳でボーリング未経験の長女はおろか、リクエストした当人も、おそらくマトモにボーリングをこなせないからだ。
そしてそれは、私の遺伝子のせいであると、早速ガーターを出してしまって確信する。
対する夫は、3連続でストライクを出す。
ほとんど落とすみたいに投げる長男も、連続でガーターを出していて、投げる勢いがなさすぎてボールが途中で止まってしまいそうになる長女は、ガーター防止レーンがあるのにガーターを出した。
しかし、上手く行かないのに拗ねることなく一応続けている長男を見ると、長男も成長したものだと思う。
私は、ポテトでも制御しきれず、うろちょろしたがる次女を抱っこ紐でおんぶした。
どうせちゃんとやったって下手なんだから、次女をおんぶしながらやったって変わらない。
夫はまたしてもストライクで、隣のレーンのモニターで流れている、女子プロボーラーの成績を追い越す勢いだ。
そして上手なだけでなく、夫は昔から、必ず片足を後ろに交差させて投げる。
ごろごろごろごろ、からん、といい音が響く。
今度は、難しそうなスペアを取った。
それを、本当に凄いと思っているんだけど「すごい」という褒め言葉がなんだか全然上手く言えない。
棒読みの「すごーい」が、つるつると夫の上を滑っては落ちていく。
手をたたきながらはしゃいでいる、長女の方が数億倍上手い。
ごろごろごろごろ、からん。
良い結果を出されれば出される程、それでもかっこ良いと思えなくなってしまった自分に、ひんやりとしたものを感じる。
夫は、もしかしたら若い時分、モテる為にボーリングを猛練習したことがあるのかもしれない。かっこ良いフォームも含めて。
それを今唯一見せて貰える私がかっこ良いと思ってあげられないでどうするのか。
ごろごろごろごろ、からん。
でも思えないのだから仕方ない。誰か他の人に代わりを頼めるなら頼みたい。
機嫌よくしている夫に、こんな気持ちがバレちゃいないだろうか。
来たときに、まず他のお客さんを見回したことも。
「凄すぎて逆にひいたわ、プロボーラーになったら?」
帰りの車の中、そんな冗談を言えるようになったんだから、これはこれでいいのかもしれない。
たいした褒め言葉も言えない私の横で、夫はまんざらでもなさそうな顔をしている。
私の言葉よりも、自分が出した結果のほうが重要だったことに安心する。
あの人が、もし下手くそに投げたとして、それを笑ったりしたら、絶対冗談で「うるせー」みたいに怒るだろう。
その姿を見せて貰える人が今、世界のどこかに居るのだろうか。
嬉しかったことがある。
あの人のメールアドレスがどんなだったか思い出したのだ。
それは、何故エヴァンゲリオンの話しかしたことがないのに、彼に対して✕✕✕✕のイメージがあるのか、と車の運転中にふと疑問に思ったことがきっかけだった。
最初からそのイメージを持っていた気がする、それは何故なのか、と思ったところで閃いた。
十数年たった後でも、気持ち次第で過去に近づくことが出来るのか、と嬉しくなった。
もちろん、メールアドレスの全部を思い出したわけではないし、未だそのアドレスを使い続けているはずはない。
それは彼と繋がる手がかりには全くならない。
彼と繋がることは絶対に不可能、それは、Googlemapを見たときにもう分かったことだ。
彼と連絡を取っていた携帯電話は、とうの昔に、バラバラになって燃えないゴミにの中に埋まっているだろうし、そもそも彼の電話番号なんかはすぐに消したし、共通の友人だった人物の連絡先ももう知らなかった。
けれども、そのアドレスを思い出したことは、彼が本当に実在したという自信にはなった。
実在する人物だから、やっぱり私は彼を好きでいていいはずだ。
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