第9話

 もしかすると、夢かもしれない。

 朝方の浅い眠りの中で、ほとんど思い出せないはずのあの人の顔がはっきり浮かんだ気がした。

 その顔が思っていたよりかっこよくなかったことと、久しぶりに顔が見れたことが嬉しくて、ものすごく幸せな気持ちで朝を迎えた。

 昨晩少ししか寝ていないのに、子供たちに朝早く起こされたのも、全然嫌にならなかった。


 午前中、長女と次女が動画に夢中なのをいいことに、衝動買いしたばかりの本を読んでみる。

 座ったりはしない。次女がすぐにやってきて、手に持っているカラフルななにかを貸してくれと、駄々をこねることがわかっているから。

 読書をしながらでも、なんとか午前中に洗濯物を終わらせて、昼ご飯と晩御飯の材料を買いにスーパーに行く。行く直前まで遊んでいたスマホを持たせっぱなしにしたおかげで、めずらしく簡単に次女をチャイルドシートを乗せることができたし、スーパーのカートにまで乗せることができた。

 しかし順調なのはスーパーから帰ってくるまでだったようで、帰ってきてからの1歳児の機嫌は、すこぶる悪い。

 午前中ほとんど本を読んでいたくせに、和えるだけのパスタすらまともに作れない日常ってなんなんだと、テーブルの上にある、さっき買ってきたツナパスタの素を横目に、膝に座る次女の相手をしながら思う。


 夜になった。

 お酒を飲んで酔っぱらってくると、一生会えないのに下手に思い出してなんになるんだと思って落ち込んだ。


 食後の煙草を長女に邪魔された夫が、パパは煙草を吸う為に生きてるんだから勘弁してくれと拝んでいるのを見て、私も久しぶりに煙草を吸いたくなってきた。


 もう一生会えず、話せず、やり取りも出来ないと思うと、あの人との思い出を忘れることが一層怖くなる。

 減っていくだけの思い出が、最後はどれほど小さくなっていってしまうのだろう。




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