第3話

 ものすごく久しぶりに小説を買った。

 今話題になっている芸人のやつだ。

 1500円以上する、酒以外の、自分の為だけの娯楽品なのに、クリックするときなんの躊躇もなかった。


 音楽も久しぶりにダウンロードした。

 今まで米津玄師が全く響かなかったのが可笑しくてしょうがないと、助手席に置いたスマホから流れるPerl blueを、口ずさみながら思う。



 あの人の家だった場所に行ってみて、少しは吹っ切れるかと思ったが、結局の所、でも好き!とかいう少女漫画みたいな答えを導き出ただけだった。


 相変わらず朝昼晩頭から離れないし、子供たちと一緒にいない通勤時の車の中では、より一層彼のことが思い浮かんだ。

 この道を、かつて彼があの自転車で通ったりしたことがあるだろうか。この大きな本屋さんには行ったことがあるだろうか。

 自分は彼の過去にしか想いを馳せることはできない。そのことが、ただただ悲しかった。

 こんなにも悲しい気持ちで仕事が勤まるはずがない。集中して考えたりできるはずがない。



 そんな予想とは違って、意外となんとかなるものだった。

 ぼうっとしてしまったとしても、肝心な部分を集中してやればなんとかこなすことができた。

 あの人も私のことを思い出したりすることがあるだろうか。

 PDFをとりながら、そんなことを想像しようとして、現実の今現在の彼は、私の全く知らない人なんだということを唐突に思い出し、勝手に身近に感じていたことを恐ろしく思った。

 もしかして私は、私の周りにいる人間の区別がついていないのかもしれない。

 自分のことを好いている、自分が相手のことを好いている、よくしてくれる、だとか、その程度でしか判別していないのかもしれない。





 高校3年生の秋も過ぎたその頃、彼と初めて会った飲食店も、職場から遠くない場所にあった。

 「あの初めて会ったとき、恵丘美がもっとパチンコに詳しかったら、すぐに仲良くなれたのになー」

 彼が一度そう言っていた。私はなんて返しただろう。うーんと笑っただけだっただろうか。

 初めて彼と会ったとき、それはそれは会話が弾まず、ああ合わないな、こんな気まずい思いをするならもう会うことはないなと思ったものだった。

 彼が言ったように私がパチンコに詳しければ、最初から仲良くなっていて、そしたらもっと違う結果になっていただろうか。

 いや、どちらかといえば、仲良くなったきっかけは酔っ払った自分がたまたま起こした気まぐれだったのだから、そもそもは親しくなることのない人間同士だったという気がする。

 だから特別で、だからあの3ヶ月は、一瞬で通りすぎてしまって、一瞬で通りすぎてしまったからこそ良かったんだと本当はわかっている。けど、失くしてしまうにはあまりにも惜しい。












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